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第5話
それから二ヶ月が経った頃、仮住まいに訪れた悦木は、やつれた私を見てため息を吐いた。そんな顔、してると思った。そう言って来て早々に、キッチンを借りる、と宣言し、湯を沸かしはじめた。良い茶葉が手に入ったから、とりあえず紅茶でも飲んで、落ち着け。そう矢継ぎ早に言いつつ、手際よく紅茶を作ってゆく。しばらくして、生きてて良かったよ、と安心したようにつぶやいた。悦木は、慕っていた叔父さんを自殺で亡くしている。だから死にとても、敏感だった。余計な心労をかけてしまったことに、申し訳なさを感じる。けれど同時に、有難くもあった。たった一人の友人を持てたことに、心の傷が少しやわらいだ気がした。
『これから…どうするつもり?』
『…あの戸建てを売りに出して、山奥に大きなログハウスを建てようかと思ってる』
『結構…思い切った考えだね』
『あの家、都心に近いから、思ったより良い値がつきそうなんだ。』
『そうだとしても、それだけじゃ厳しいんじゃない?』
『うん。だから貯金をつかおうと考えてる』
人生で最後の…大きな買い物に
しようと思ってるんだ。
『君ってさ、本当に嫌になるほど繊細なくせに』
あっさり大きな決断、下すよね。
『そういうとこ、僕にも分けて欲しいって思うよ』
こう見えて小心者だからさ。
『…清がしたいようにすればいいよ。』
新居の場所が決まったら、教えて。
『一緒に下見、付き合うからさ。』
どこまでも優しい友人に、心の底から感謝を述べる。それから彼と夜更けまで話し込んで、ソファで二人して眠りこけた。まだ寝惚けた頭を引きずって、朝食を作りつつ朝日を拝みながら思う。もうこれ以上は、誰とも関わらない。彼のような存在を生まない為に。彼で最後にしたいのだ。もう、恋はしない。彼が最後だ。そう心に固く誓った。
悦木が帰った数日後、業者に頼んで、例の絵の有無を聞き、彼が受け取ってくれたことを確認し、合鍵の場所を伝え、それから売買の契約を正式に行った。悦木に付き合ってもらいながら、家を建てる準備などをして借家で一年ほど過ごしたのち、新居へと移り住んだ。
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