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第9話

朝、起きて彼がいる。生活が始まれば、その事実が安心に変わっていった。彼は私の全てをフォローしてくれる。代わりにご飯を作ってくれることもあれば、家のメンテナンスを買って出てくれたり。彼の運転で、買い物に行ったりもする。仕事の作品の梱包も、私より上手い。急速に彼が生活に根付いてゆく。穏やかで、満ち足りていて。あの当時と変わりない日々。そんな流れを断ち切ってしまったのは、色々と世話を焼いてくれていたくだんの集落の青年に、パンを手渡しに行った日の夜、だった。 『清さんは、彼のことをどう思っているんですか』 唐突な問い。感じの良い青年だと思っているよ。そうですか。あのタオル、どうなるんでしょうか。重ねた問いに、再び答える。多分返してくれるんじゃないかな。汗をかいていた青年に、タオルを貸した。パンを手渡したついでにだ。それだけの話だった。なのに、彼の、恵咲くんの声色は怒気をはらんでいた。本当に、分からないんですか。駄目押しでまた問われ、困っていると、彼は信じられないことを言い出した。あのタオルは、今日の彼のおかずですよ。貴方に気があるんです。視線がやらしかった。感じの良い青年なんかじゃない。貴方からの見返りを望んでいるんです。俺が此処にいなければ、今頃貴方はとっくにこの場所で押し倒されてる。 『…、…そんな』 言葉に詰まる 『俺は…あの青年と同じだ』 貴方を組み敷いて 貪りたいとそう思ってしまう。 『貴方が他の人間のモノになるくらいなら』 俺が貴方を奪います。 まるでスローモーション。気がつけば彼の腕の中にいた。硬いフローリングにゆっくり押し倒されて、口づけられた。分厚くカサついた、柔らかな唇。より深く、いよいよ舌が入ってくる。目を見開く。…私は、対応を間違ったのだろうか。だって、そんな感情を向けられているなんて思いもしなかったから。舌に絡む舌。ああ、駄目だ。声が出てしまう。初めての接吻に、身体が反応する。誰かとそういう行為をするなんて考えもしなかった。唇が口から首に移動する。ためらいなく吸いつかれて、真っ赤でひそやかな痣が出来た。 『け、さく くんっ…私は、こういうことをっ』 したことがないんだ 恵咲くんはそれを聞いて動きを止める。 『…ただの一度も?』 その言葉にうなづけば、彼はベッドへ行こう、と私を抱えた。軽々と持ち上げられて驚いた。しがみつく私をそっとベッドにおろすと、また深く口付けられる。嬉しい、と彼は微笑を浮かべた。同じタイミングで初めてを迎えられるなんて、と彼は言葉を続ける。つまりは彼もそういった経験はないということだ。貴方以外考えられなかったから、と今まで誰とも関係を持たなかった訳を恵咲くんは話した。急いた手つきだったのが、ゆっくりとした動きになる。緩慢に身体中をなぞられ、声がおさえられない。その様を余すことなく耳で眼で愛でられる。 『今日は最後までしませんから、安心してください』 せっかく同じタイミングで初めてを迎えるなら、めいいっぱい気持ちよくなってほしいから。彼はどこまでも深い黒の瞳でそう言う。その日からペッティングが始まった。毎回毎回まるで初心な女性を扱うかのように熱心に手厚く愛撫のかぎりをつくす。名前を吐息混じりに呼べば、嬉しそうに、はい、と返ってくる。身体が作り変わってゆくのが、如実に分かる。今までそういう用途で使ったことのなかったところを、綺麗にされて柔らかくなるまでほぐされる一連の行為で、着実に悦楽を覚えていっている。内側からじわりじわりと広がる快楽、きっと身の内に受け入れる者しか知りえないものだ。

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