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パンドラの箱 29
人は、究極の時ほど言葉を失うものだ。
悲しかったり、辛かったり、嬉しかったり、幸せだったり………
今のこの状況は、少なからず生涯忘れることの出来ないその“究極”の場面なんだと思う。
だって……嬉しいのになんか悲しくて、切なくて、感情が可笑しいんだ。
今の今まで普通に会話ができていたのに、
今の今まで罪悪感でいっぱいだったのに、
橘の顔を見た途端……たったそれだけのことなのに、なのに俺の頭の中の思考回路は完全にストップして忘れかけていた懐かしい感情だけが溢れてくる。
それに、会ったら言いたいことも山ほどあったのに、何一つ形になってくれない。
「………渚?なんか言えよ、どうした?」
なのに、こいつは相変わらずクールに平常心。
こんな動揺してるのが俺だけっつーのが無性に腹が立つ。
「……………ばっ…」
「な…ぎさ?」
「………ばっ…ばか、やろう…ただいま…じゃねーよ。」
そしてその溢れてきた感情はせきを切ったように涙へと形を変える。
「相変わらず…泣き虫だな。せっかく久しぶりに会ったんだからもうちょっと嬉しそうにしろよ。」
「うっうるせー。俺だって……俺だって……」
泣きたくなんかない。
泣いてる場合じゃないことくらいわかってる。
だけど、それしか今の俺にはできないんだ。
「………たくっ…世話がやける奴。でも───」
そんな俺を“でも”と呟いたまま真っ直ぐ見つめ、そのまま橘は黙ってしまった。
「………た、ちば…な…?」
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