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パンドラの箱 32

そんな素直じゃない俺を宥めるように背中をポンポンと優しく叩き、抱きしめていた腕を緩め身体を離していった。 その時にはもういつもの橘で涙は流していなくて、代わりにフワリと優しく笑うと靴を脱いで玄関を上がっていく。 そしてそのまま無言で俺の手を引いてリビングに続くフローリングの廊下を歩き出した。 いつもならここで言い合いの一つでも始まるのに、今の橘は…なんだかちょっと、大人って感じがしたかも。 なのに俺は相変わらずで、せっかく久しぶりに会ったのに素直になれないでいる。 ダメだよな……こんなんじゃ。 そう思い直し、思い切って橘を呼んでみる。 「………橘?」 「ん?」 すると手を引きながら振り向くわけでもない橘からは、気取らない返事が返ってくる。 「………ごめん。」 「別に気にしてねーよ。渚が素直じゃねーのは知ってるし。」 「いや、違くて……向井とのこと……ごめん。ちゃんと謝ってなかったから……。謝って済む問題じゃないけど、本当に悪いことしたって思ってる……ごめんなさい。」 “もういい”とは言ってくれたものの怒ってはいるんだろうし、謝ってもその怒りが消えるわけではないけど、やっぱりきちんと謝らないと。 「それに、俺……向井に“渚”って呼ばれただけでもなんか嫌で…上手く言えないけど…“渚”って呼ばれるのも橘だけがいい。やっぱり…おまえは………特別…なんだ。」 振り向かないままの橘の背中に、俺なりの言葉で精一杯気持ちを伝えてみた。 けど、こいつは返事どころか振り向いてもくれないで無言を貫いている。

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