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惑わすほどに 6
「…………渚…」
ため息と一緒に優しく俺を呼ぶその声に心臓がギューッと苦しくなる。
「…………いつも、いつも…ごめんな。こんなことばっかりで疲れちゃうよな…」
それに、いつにも増して力ない橘の声は少し震えてるみたいだった。
なんとなくだけど、きっとそれが橘にとっての、本音…なんだろう。
その言葉に俺の胸の痛みは増すばかりで……
苦しい。
どうにもならない現実に確実に足止めされてるようで、
謝るくらいなら何とかしろよ。
だから、そのくらいは言ってやりたくて口を開こうとしたら、その前にそれは橘の唇によって阻止されてしまった。
薄く開いた唇に一瞬だけ触れられた橘の冷たい唇……
それは、たった一瞬のキス。
だけど唇が触れ合っていたのなんてほんの数秒だって言うのに、それだけでも分かってしまう程、橘の唇は震えていた。
そして唇が離れたと同時に、
もう一度、
“ごめん”
と言われた。
そんな状況にどうしていいか分からずにいる俺の耳に次に聞こえてきたのは、玄関のインターホン。
何回か鳴るその音に、橘は無言で重い腰を上げ部屋を出て行ってしまった。
廣瀬さんならインターホンなんて使わない…よな。
じゃあ…誰なんだろう。
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