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惑わすほどに 12

「ちょっちょっ…せんせ…」 あまりにも早い展開に身動きとれないでいる俺は、迫ってくる唇をただ見てるだけしか出来ない。 そして、唇と唇が触れる寸前に望月がフッと…小さく笑い、その動きは止まった。 「……やっぱやーめた。」 「………え」 「おまえ、ぼーっとしてて避けねーからマジでシそうになったろ?うっかりシちまって後で橘に恨まれるのやだからさ、渚に手は出さねーよ。」 確かにいつもよりぼーっとしてるかもしれねーけど、望月にだって手を出せない理由あるからだろ。 「俺のせいにしないでくださいよ。」 「“俺のせいに”ってなんだよ。」 「あ、いや…別に。つか、アイツ今、日本に居ますけど。」 「はっ?!帰ってきたのか?」 「………はい。」 「じゃあ、渚は何で一人でこんなとこに居るんだよ?会って早々に喧嘩か?」 望月が窓に視線を移し、沈む夕日を眺めながら、そう静かに問い質してきた。 「…………喧嘩…じゃないです。もういいんです…アイツのことは。」 「どういうことだよ。」 「アイツには……許嫁がいたんです。だから、俺はもう……」 「はぁ?……許嫁ってなんだよ!?」 なんか……別に望月にこんな事まで言わなくていいのに、気付いたら許嫁のことまで喋ってしまった。 「アイツ…高校卒業したら許嫁と結婚するらしいです。だから、俺たちの関係は卒業までの期間限定。まぁ、簡単に言ったら遊びだったってことですよ。」 そして続けて口から吐き出た言葉は、まるで他人事のような物言いで…… 自分で発している声なのに、それは何故かすごく遠くに響いているような、そんな錯覚に陥っていた。

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