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惑わすほどに 29

「おまえ、馬鹿だろ。」 「まぁ、渚のことに関して言えば馬鹿だろうな。」 恐らく、俺にバッチを付けさせるためだけにこいつは制服で来た。 「そんなことの為にわざわざ制服着てくるなよ。」 たかがそんなことのために……馬鹿だよ。 「望月に渡したバッチをどんな経緯で渚が持っていたかは知らねーけど、大事に持っててくれた渚に付けてもらいたかったんだ。」 経緯……か。 確かにあの時、望月は…ちゃんとおまえの手から返してやれって言って俺に託してたけど。 「そんなのさ、誰だって一緒だろうよ。」 あの時の望月とのやりとりを思い出した俺は、急に気恥ずかしくなってそっけなくそう吐き捨ててしまった。 「一緒なわけないだろ!」 すると声を荒げながら真っ向から否定され、 「たち……ばな……?」 そんないつもと違った様子の橘に…… 俺の中に、ふつふつと言い知れぬ感情が沸き上がってくる。 そんな溢れつつある想いに蓋をするかのように、俺は手の中のバッチに視線を移す。 「渚…付けて。」 そして、そうぽつりと呟く橘の声に、ゆっくりとその場所へと手を伸ばしていくと、ぎこちない手つきでそれを付けてやった。 「………渚、ありがとう。これで明日からまた一緒。もうずっと一緒だから。」 薄暗い中、ぎこちなくもなんとか付け終えた俺に、そう優しく微笑むこいつの顔は、今の俺にとっては余計に苦しくて…… こんなことでこの不安が取り除かれるわけもなかった。

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