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1話-②:ボーイ・ミーツ・スター

唯に一言告げて控え室へ行き、スタイリストの(まき)さんに整えてもらう。さっき言われた唯からの嬉しい言葉に内心舞い上がっていた。ダメだ、切り替えないと。でも、あの木ノ瀬唯からなのだ。僕はニヤケそうになるのを必死に堪えてると巻さんに笑われてしまう。 「樹李くん、何かいいことでもあったの?」 「え、なんで分かるんですか」 「えー? さっきからニコニコしそうになるの必死に抑えてるでしょ。顔に力入ってるからバレバレだよ」 巻さんは化粧しずらいから力抜いてー、と僕の頬をつねる。巻さんに謝って、さっきの無限ループからようやく切り替えられた。 今回は見た目は女の子なので、みるみると自分が自分じゃないみたいになっていく。今の僕は自分で言うのもなんだが、本物の女の子みたいだ。 段々役になっていくにつれていよいよだな、と気持ちが入っていく。唯も同じ気持ちなのだろうか。さっき、とても唯は真剣な眼差しで台本を読んでいた。思わず惚けてしまうくらい画になっていて。何か独り言を呟いていたみたいだけど、きっと唯の事だ、根を詰めてしまっているのだろう。僕だって久しぶりのドラマで緊張しているのだから、唯を見習って真摯に目の前の仕事へ向き合わなければ。 「はい、完成。お疲れ様でした」 巻さんはこの後また別の出演者のメイクもあるらしく、慌てて出ていってしまった。 改めて鏡の前の自分を見つめる。どこからどう見ても女の子だ。そして首元には大事なチョーカー。子役時代はチョーカーが無くても人前で演じられた。だけど、あの時を境にこのトリガーがないと、箕輪樹李で居られなくなってしまった。今もある人のあの言葉がリフレインする。 あ、ダメだ。呼吸が……。ひゅ、ひゅ、と情けない息が漏れる。立って居られなくなってその場へ座り込んだ。 「樹李、ファンクラブサイト用とドラマのSNS用の写真撮るって」 唯は控え室へ入るなり僕の異変に気がついたみたいで心配な顔で駆け寄る。僕は大丈夫だよ、と答えるが、自分で言ってても信用出来ない声だった。 「無理しないで、大きく深呼吸して」 唯の大きな手がそっと背中に添えられる。そのままゆっくりさすられる。その速度に合わせて吸って吐いてを繰り返すと、段々と落ち着いてきてやっといつものペースへ戻る。 「もう大丈夫だから。ありがとう、唯」 立ち上がった瞬間、目眩がしてふらついてしまう。 「まだだめ。ほら座って」 唯の言い方は優しいけれど、言う事を聞かせようとする声色で。僕は大人しく従う。唯にとっては初めてのドラマで、僕より気が張ってるはずなのに。支えられてどうする。俯いて、拳を固く握りしめる事しか出来なくて。 すると、頭上からふふ、と唯の笑い声が降ってくる。 「天才の樹李でもちゃんと緊張するんだね。良かった、安心した。樹李もちゃんと俺と同じ、一人の人間なんだって」 一瞬唯の言葉が分からなくてぽかんとする。 「いや、樹李ってなんでも出来ちゃうでしょ?それこそ完璧なAIロボットみたいに。でも違ったんだって」 そこで笑う唯は画面(テレビ)越しの王子様ではなくて、等身大の唯だった。 「樹李の方が先輩だし、歳上だから変な話なんだけど、これから俺と一緒に成長して、二人でjuryuiになっていこうよ」 唯にとっては何気ない言葉だったのかもしれない。でも僕にくれたその言葉が何よりの励ましで、救いだった。 「ありがとう、唯」 唯は何かを察してくれたらしい。そっか、と微笑むと最後に僕の掌に手を乗せる。 「不束者ですが、これから末永くよろしくね、樹李」 「何だかプロポーズの言葉みたい」 思わずくすりと笑ってしまう。きっと本人は自覚が無いんだろうけど。 「そうだ、言い忘れてた」 唯は僕の耳元へ唇を寄せる。 「とっても可愛いよ、流石樹李だね」 「……っ!?」 驚きで耳を塞げば、唯はいたずらっ子の笑みで出迎える。ずるいよ、そんな甘い声で、顔で囁くなんて。 ……どうやら僕の相方は相当のタラシみたいた。

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