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1話-②:ボーイ・ミーツ・スター

「全問正解って……!出来るの?そんな事」 相方を疑う訳じゃないけど、僕の事がクイズになって出来るとは思えない。だって、まだユニットを組んで日は浅いし、それまでだってほとんど交流はなかった。僕が密かに唯を追っていただけ。 「……そりゃあ、事務所の先輩だし、ユニットを組む前から作品は見て勉強してたよ」 唯君の有無を言わさない笑みにそっか、と飲み込むしか無かった。 「唯がそう言うならなら……信じるしかないよね。僕の唯一無二のパートナーだもん」 「大丈夫。樹李が落ちる未来なんて有り得ないから」 唯君がそこまで言うのだ。ファンとしては憧れの人の言葉を信じなくてどうする。僕は渋々その番組のオファーを承諾する。 「これは社長に折れたんじゃなくて、唯の事を信頼してのOKですからね。その分、ちゃんと僕達のことを売ってくださいね?」 「言われなくてもそのつもりだ。1年は覚悟してもらわないと」 「1年どころか10年は忙しくしてくれないと割に合いません」 社長とはいえ、これはこれ、それはそれだ。毅然と態度で言ってのけると、社長は肩をすくめる。 まさかこの決断がjuryuiの運命を左右するなんてつゆ知らず。 「樹李くーん、顔、強ばっててメイクしづらいでーす」 子役の時からずっとお世話になってる巻さんに窘められる。巻さんは社長と篠崎さん以外で唯一僕の(オフ)の姿を知っている人。だからついつい巻さんの前だと甘えてしまう。 「すみません……。この後どうしても絶叫系が待ってると思うと無意識に頬に力が入っちゃって……」 「珍しいね、仕事(オン)の時でも弱気になるんだ」 「唯には絶対秘密ですよ! それだけ苦手ってだけであとは完璧でしょう?」 小さい頃、急にジェットコースターがてっぺんで止まってしまった事があり、それから絶叫系がダメになってしまった。事務所にNGにしていた事だったので、それ以来乗ってきてなかったから余計に。 「はいはい、そうね。徹底した完璧主義な事で。とりあえず深呼吸してみ?」 巻さんに言われた通り深呼吸をすると幾らか気分がマシになった気がする。そのままメイクを再開してもらって、それからは早くて、ものの5分で完成した。 「はい、おしまい! 今日はいつもより濃いめにチークとか入れて血色よくしておいたから。後は唯君に任せて、ね?」 「ただいま戻りましたー。あ、樹李もメイク終わったんだね」 唯君は不安そうな様子で僕の顔を覗き込む。 「大丈夫……じゃないよね。まだ始動したばかりのユニットの相手に自分の命を預けるようなものだし。でも、絶対大事な樹李を落とすなんて事、ないから」 真っ直ぐ強い目で見つめれて不覚にもドキリとしてしまう。いやダメダメ、つい気が緩むと唯君にときめいてしまう。右に立てるモデルはこの世には居ないくらいのスタイルの良さに、爽やかを具現化した甘いマスクを持ってるのだ。そのルックスだけでもやられない人はいない。それに唯君は見た目以上に中身も紳士だし。でも今は仕事中なんだからしっかりしろ、僕。 「うん、ありがとう。でも大丈夫。もし万が一落ちたとしても唯のせいじゃないから。企画を受けるって決めた時点で僕の責任だし」 唯君の眉間に寄った皺を人差し指で抑えて出来るだけ不敵な笑みを浮かべてみせる。唯君に迷惑はかけられない。仕事(オン)の時は一度やると決めた事はやり遂げる芯が強い僕でいたいから、唯君にも弱いところは出来るだけ見せたくない。 「……そっか」 唯君は何か言いたげだったけど口を噤む。 「唯、樹李、そろそろ出番」 篠崎さんに呼ばれスタジオに行く。とうとう始まってしまうのか。大きく吸って吐いて、どうにか心を落ち着かせる。 「樹李、ごめんね」 急に唯君に謝られたかと思うと手を取られてギュッと握られる。 「さっきすごい手が冷たかったから。こうしたら少しは温かくなって緊張も解けるかなって……。俺にはこれくらいしか出来ないけど」 唯君が僕の手を握……った? うわぁ……大きくてすべすべで陶器みたい……。この間の握手は一瞬だったからこんなに握りこまれると緊張が別のものに書き変わっていく。 「……心配かけてごめん。もう大丈夫。ありがとう」 このままだと心臓が溶けてしまう。唯君は僕の手を離すと良かったと微笑みかけてくる。そんな、これ以上はキャパシティオーバー……! 「juryuiさん入られますー!」 タイミング良くADさんに声をかけられて心臓どころか体全て溶けてしまう前に仕事(オン)の樹李に戻れた。セットに立てばさっきまでの恐怖は不思議と薄れていた。それもきっと唯君が隣にいるおかげ。 「3!2……」 こうしてドキドキのクイズバラエティの幕が切って落とされた。

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