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スイッチング☆オフ:唯の休日
今日は忙しくなってきた日々に訪れた、つかの間の休み。
そう、1日休みということは樹李君を堪能出来るという贅沢な日だという事で。何から見ようかな、樹李君が出てたモンスターワーズかな、それともてんしんか……。
ピンポーン、と唐突にチャイムの音が届いた。中身はずっと前に頼んでいて、すっかり忘れていた、樹李君の写真集だった。
「まずはこれから読むかぁ」
つい癖で3冊買ってしまっているけど、自分も芸能界デビューしてからはちゃんとサイン会も握手会も自制している。でもそれはそれ、これはこれだ。何なら事務所でゲラを見ることもあるけれど、やっぱりオタクなので現物が欲しい。そして、推しに金を落としたい。
ワクワクしながら観賞用の1冊をめくると、白いワイシャツ1枚の樹李君が海外式の壁ドンをしていた。無理だこんなの心臓に悪い。え、隣のページ、顔近……。樹李君がどアップすぎて溶けそう。1枚捲るのに深呼吸が必要だし、あまりにも美人でそれでいてあどけなさもあって……。ほぼ毎日見てる顔なのに、毎ページときめいてしまう。よく俺は尊死せずに仕事が出来てると思う。
真ん中のページになればなるほど、樹李君の露出度が高くなっていき、しまいにはパンチラまで出てきてしまった。ダメだよ、樹李君!そんな!シャツ口でくわえちゃ!えっちすぎるよ……。俺はそんなえっちな子に育てた覚えはありません!
なんて妄想がトリップしかけるとまたチャイムが鳴った。今日に限ってチャイムがよく鳴るな、なんて思っているとインターホンには知らない男の人が映っていた。このマンションは事務所で借りたものなので、基本芸能人だったり、それ相応のセキュリティが必要な人が住んでいるのだけれど、初めて見る顔だ。もしかして新しく越してきた人だろうか。取り敢えずインターホン越しに返事をする。
「あの、新しくこちらに引っ越してきたものです……」
ぼそぼそとした声であまり聞き取れなかったが、多分そう言っていたと思う。
「わざわざありがとうございます。ちょっと待っててくださいね」
普段の俺ならきっと誰も気が付かないだろうとそのままの装備で行く。厚底のメガネにノーセットの髪、樹李君がデザインしたTシャツに短パン。これがオフの時の俺の装備だ。
ドアを開けると黒髪の前髪重めのマッシュウルフの男の子が立っていた。オドオドした様子で俯いていた。
「……み…わ…ゆりです……。よろ…く……お願い…ま…」
蚊の鳴くような声に心なしか潤んだ瞳が一瞬だけかち合う。何でだろう、彼にドキドキしてしまう。だめだろ唯、俺には心に誓った樹李君が居るんだから。
「木ノ瀬です。よろしくお願いします」
みわさんは少しだけ驚いた顔をして俺の全身を見る。みわさんは少しだけ青ざめた様子で、震えていた。そりゃそうだ、テレビの中の木ノ瀬唯とは違いすぎるもの。俺はみわさんをガッカリさせないために嘘をつく。
「僕 は木ノ瀬唯の双子の弟なんです。今日は兄の代わりに部屋の掃除に来てて。これからよろしくお願いします。みわさん」
みわさんは一瞬固まった後、そうだったんですか、とぎこちなく笑った。みわさんは引越しの蕎麦を渡してくれるとぺこりとお辞儀をしてそそくさと去ってしまう。
自室に戻って改めて自分の部屋を見る。壁一面に樹李君のポスター、本棚にはびっしりの樹李君関連の雑誌、そしてテレビの大画面には樹李君の出演した昔のドラマが流れている。流石にこれは本人にも本人以外にも晒せない。いつかテレビで公開しなければいけなくなった時はどうしようと困る程だ。
でも今は1秒たりとも無駄には出来ない。自身のオタク部屋問題は頭の隅に置いておいて、これでやっと樹李君を堪能出来る。
「さてと、樹李君のご尊顔を拝まないと……!」
この時の俺は実はとんでもないことが起きていたとは知らずにつかの間の樹李君タイムに勤しんでいたのだった。
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