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2話-①:僕の中の彼と彼の中の僕
一時はどうなるかと思ったけど、樹李も落ち着きを取り戻して撮影は開始された。樹李が取り乱す所なんて初めて見たから自分まで慌ててしまったけれど、それを見てほっとした自分もいる。
樹李は俺がデビューする前から子役として活躍していた。むしろ俺は樹李に憧れて追いかけてここに来ただけに過ぎない。今はもちろんこの仕事が好きで誇りを持ってるし、出来る限り続けていきたい。だからこそ俺は樹李と比べるとまだまだひよっこなのだ。演技だってこれが初めての仕事で、歌もダンスも発展途上。正直今のjuryuiは樹李の力に頼っている。完璧に近い樹李の中に俺の入る隙なんて1ミリもない、と。俺は置いていかれてると思っていた。だけど、樹李だって人並みに緊張して、トラウマだってあったのだ。画面 の前では決して見せない、俺だけの樹李。そんな一面を知る事が出来て、樹李には申し訳ないけれど特別な気分だった。もちろんまだ雲の上の存在かもしれない。けれど、こうした弱みを見せてくれる位には信用して貰えているんだと。
「すみません、お待たせ致しました!」
樹李が息を切らしながらスタジオに飛び込んでくる。
シフォン地のパブスリーブが特徴的なトップスに、タイトなクビレが美しい、マーメイドスカート。緩くまとめられたシニヨンヘアが可愛らしい。
それから撮影はすぐに始まって、百瀬と千里が出会うシーンからスタートした。
「あ、あの! これ、落としてませんか?」
彼方に落としたチケットファイルを手渡す。
「本当だ。ありがとうございます。すみません、急いでるのでまた……!」
そのまま走り去ってしまう百瀬。それをぼんやりと見つめる千里。そこでカットがかかる。
「樹李くん、もうちょっと千里に百瀬を印象づけて欲しい。やっぱりベタな出会い方だからこそ、丁寧にその描写はお願いしたい」
「分かりました、やります」
去り際の笑顔も魅力的だったし、一目惚れするには今でも十分だと思ったけれど、そうでも無いらしい。樹李は再度演技プランを瞬時に頭の中で組むとお願いします、といって撮影が再開される。
「あ、あの!これ、落としてませんか?」
あえて同じ演技をする。百瀬は千里に一歩近づくと、きゅ、と手を握る。
「本当だ、ありがとうございます! ……って、あの、その……すみません、急いでるのでまた……!」
さっきよりも色んな意味でドキドキしてしまうとその間に百瀬は行ってしまう。無意識に去った方を見つめ続けていた。ここでカツーンと音が鳴る。
「うん、さっきより断然いい。こっちにしよう」
「ありがとうございます」
監督からOKが出たので、一息着いて次のシーンになる。
「さっきのドキドキしたよ。惚れ直しちゃった」
感想を述べると樹李はちょっと嬉しそうな顔をする。
「さっきの仕返し。これからどんどん千里が百瀬にドキドキしてもらわないとね」
いたずらにニヤリと笑う樹李に思わずオタクモードになりかけてしまう。ダメダメ、今は撮影中だから、いくら今の致死量のファンサを貰ったとしても、今は仕事モードにならないと。
「……凄い般若の顔してる。そんなに悔しかった?」
「そ、そうだね。これからに百瀬が千里にもっとときめいてもらわないと」
俺も笑顔で返すと、次のシーン開始の合図が聞こえる。撮影終了予定まであと4時間。死因:好きすぎて、にならないように気を引き締めないと。
俺は頬を叩いて気合いを入れたのだった。
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