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2話-②:僕の中の彼と彼の中の僕
撮影は予定通り終わり、今頃僕は自分の家に帰っていつものルーティンをしてるはずだった。
仕事は楽しいし、やりがいはあるけれど、やっぱり疲れてしまう。その為のとあるご褒美が日課になっていた。でも今日はそれもお預け。仕方ない、だってそれよりも絶大なご褒美がこの後待っているのだから。
「樹李、やっぱり疲れてる? 別の日にしようか」
そう、今日僕は唯から食事に誘われたのだ。
「いや、今日! 今日にしよう。今日がいい」
やや食い気味に答えてしまって、唯も気圧されていたが、関係ない。唯と、あの、憧れの木ノ瀬唯と、ご飯!わー、どうしよう。緊張するし、めちゃくちゃ好きな顔、声が、プライベートまで続くなんて。思わずオフの時の自分が出てきてしまいそう。
「樹李がいいならいいんだけどね。何がいい? 中華? イタリアン? 和食?」
「じゃあイタリアンかな」
そう言うと唯はパパっとお店を決めて電話をすると、にっこり笑顔でOKの指文字を作った。そのままタクシーを拾うまでの流れがあまりにもスムーズでびっくりしてしまう。
「本当になんでもスマートなんだなぁ……」
「ん? 何か言った?」
「ううん、何でもない。お店調べてくれてありがとう」
タクシーに揺られて何分か経つと、店前から洒落ているイタリアンに着いた。唯の馴染みのお店らしく、店員さんは僕達を見るなり奥の個室に通してくれる。
「この店よく来るの?」
「あー、うん。そう、友達とね」
唯はへらりと笑うとメニューを僕に向けてくれる。
「ワインは好き? もし好きならこれとか飲みやすくておすすめ」
「ワインはあんまり飲んだことないからそれにするよ」
お酒は弱くないはずだから、ワインでも酔わないはずだ。それに仕事モードの時はスイッチが入ってるから大丈夫。
おつまみも唯のおすすめに一先ず任せて、先に運ばれてきたワインで乾杯する。
「今日もお疲れ様。乾杯」
「乾杯」
グラスの小気味よい音が鳴って2人だけの宴が始まる。すぐに運ばれてきた玉ねぎのワイン煮に舌づつみを打つ。
「凄い美味しい……!酢漬けだけどコクがあってまろやかだ」
「だよね、隣の粒マスタード付けるとまたアクセントになって美味しいよ」
唯の勧めるとおりにちょん、とフォークでつけて食べるとピリ、としたに伝わる酸味と玉ねぎの甘い酸味が混ざりあって新たな美味しさが広がる。唯は本当にグルメに詳しいんだな、とまた唯の知らない一面を知る。
唯のオススメの白ワインもサッパリしていて飲みやすく、飲む度に芳醇な甘みが鼻腔をくすぐる。
「……よかった、気に入ってくれて」
唯は頬杖を着きながら僕をじっと見つめる。その琥珀色の瞳の中に吸い込まれそうな位、視線にクラクラする。
「そんなに見つめられるとさすがに照れちゃうな」
少しだけ頬を赤くした唯が蕩けた笑みでそんなセリフを言うので逆に僕の方が恥ずかしくなる。
「本当に唯は口説き上手だよね……。スキャンダルだけはならないようにね」
なんて、照れ隠しの言葉で誤魔化すと唯は心外だな、と少しむくれる。そんな、成人男性が、甘えた声で、表情で男の僕に言っていいセリフじゃないよ……。
「俺は樹李にしか言わないよ」
最後のトドメの一撃を食らわすと唯はなんでもない顔でニコッと笑う。僕はまた火照る頬を隠すようにグラスを煽るしかない。
「唯は僕に甘すぎるよ……」
「でも、今日は確かにちょっと舞い上がってるかも。樹李と一緒に飲めるの嬉しくて」
だからだからだから!それなんだって!そういうのがダメなのに……。いつもなら、他の人に言われたならかわせるのに、唯の前だとタジタジになってしまう。
「それは僕もだけど……。あぁもう、お酒追加で、なるだけ強いの」
僕は半ばヤケクソになってお酒を頼む。それが後々とんでもないことを引き起こすなんて知らずに。
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