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 保護した青年は、制服を着ていたものの、荷物は持っていなかった。だから、学校はすぐに特定できるが、調査には少し時間がかかると律は思っていたのだが――。 「とりあえず、警察に届けないって律の判断は正しかった。あの子のDomは藤堂のお坊ちゃんだ。仮に被害を訴えても、悪いのはあの子って話になるだろう」 「まあ、そうだろうね」  Dom性を持つ人間は皆一様(みないちよう)に優秀で、カリスマ性が備わることが多いため、大多数のどちらでもない人々は、誘ったSubが害悪だというDomの主張を信じてしまう。 「しかも……お坊っちゃんは、あの子がフェロモン抑制剤を飲むことを禁止してた。ありえない」  仕事が早く情に厚い親友は、憤りを隠さないまま律に訴えかけてきた。  近年開発されたフェロモン抑制剤は、DomとSubにしか感じることのできない特有のフェロモンを抑え、支配欲や、支配されたいという欲求を、ある程度ならば緩和できるという代物だ。それを服用しないで被害にあえば、Subの落ち度で自業自得だというのが世論の風潮だった。 「蒼生くんっていうんだ。綺麗な名前」 「名前はどうでもいいだろ。問題は、これからどう動くか……だ。お坊っちゃんがあの子を探してる」 「それについては考えてあるから問題ない。白石、ありがとう。おかげで助かった。これから恋人とデートだろ? もう行っていいよ」  最近、白石に恋人ができたことは、本人に聞いて知っている。昨日、嬉しそうに明日の夜はデートなのだと言っていたから、笑みを浮かべてそう促せば、少し考えるようなそぶりは見せたが、約束の時間が迫っているのか? 「分かった。なにかあったら連絡しろ」と言い残し、足早に部屋を出ていった。 「竹花蒼生(たけはなあおい)……か」  全ての書類を読んだあと、ソファーを立った律はテーブルにそれを置き、リビングにある階段を上って主寝室へと足を向ける。     そっとドアを開け、広いベッドに一人で眠る蒼生の傍らへ移動して、眠剤の効果で良く眠っている彼の唇を親指の腹でそっと拭った。  *** 「ん……」  ふわふわとした温かさに包まれて、覚醒間近のまどろみの中、蒼生は無意識に髪を撫でてくる手のひらへ頬を擦り寄せる。 (いい匂い……する) 「かわいい。蒼生はこれが好き?」  聞いたことのある柔らかな声音に尋ねられ、頷こうとしたころで、すぐ近くから自分の名を呼ぶ旭の声が聞こえた気がして、蒼生は体を強ばらせ、瞳を大きく見開いた。 「あ……あっ」 「おはよう、蒼生くん」  視界の中に現れたのは、旭では無かったけれど、ベッドで知らない男の人に抱きしめられている状況に、混乱した蒼生はうまく声を発することができない。

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