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「ごめん、驚かせちゃったね。うなされてたからどうにかしたいと思って。すぐ離れるよ」
怯える蒼生の様子を見て、困ったように微笑んだ男は、「大丈夫、ここは安全だ」と、落ち着きのある声で告げてきた。さらに、そっと背中をさすられるうち、不思議なことに体の強ばりが解けていく。
(誰……だろう?)
蒼生より少し年上だろうか? モデルのように整った容姿に息を飲む。焦げ茶がかった艶のある髪は、適度な長さで切り揃えられ、くっきりとした二重瞼が長い睫に縁取られている。目尻に小さなほくろがあり、薄い唇が笑みの形を象っているため、優しげな印象を受けた。
「俺の名前は神城律 。昨日の夜、倒れてた君を保護した」
思わず見惚 れているうちに、体を離してベッドから降りた男が蒼生に告げてくる。
(……そう……だ)
途端、昨日の出来事を思い出し、蒼生は体を震わせた。
「怖がらないでいい。もう大丈夫だから」
こちらへと手を伸ばした律が、頬を優しく撫でてくる。初対面の相手なのにも関わらず、触れた場所からじわりと熱が広がって、蒼生の体は言いようのない恍惚感に包まれた。
「……ん」
「蒼生くんは、撫でられるのが好きなのかな? 昨日の夜、着替えを手伝って、歯磨きもしてあげたんだけど、覚えてない?」
そんな記憶は全く無いから、首をノロノロと横に振る。と、彼がクスリと笑う声が聞こえ、恥ずかしいような擽 ったいような不思議な感情がわいてきた。
蒼生の顔色は酷いもので、慢性的な寝不足によって目の下には隈ができている。地味ながらも整った容姿をしているが、病的なまでに肌は青白く、体はガリガリに痩せていた。
「なにか食べれそう? 苺は好き?」
律に問われ、返事をしようと息を吸い込むが、次の瞬間……蒼生は声を詰まらせる。
『命令忘れた? 俺がいいって言うまで喋るな。だ』
刹那、頭の中に旭の声が響きわたり、衝動的に蒼生は自分の口を塞 いだ。
「……っ!」
(命令、守らないと……僕は、旭の……)
「蒼生くん?」
旭の命令に従うことで、頭の中がいっぱいになる。昨日、旭は蒼生に『明日も来い』と命令した。だから、学校へ行かなければならない。
(学校、学校に行かないと……)
パニックになった蒼生は必死に起きあがろうとするけれど、酷い眩暈に襲われたため、そのままベッドへ倒れ込む。
「う……うぅ」
「そういうことか」
頭上から律の声が響くが、蒼生にとっては意味を成さない音でしかなかった。
(また、旭を……怒らせる)
蒼生はシーツを引っ掻きながら、這うようにしてどうにか前へ進もうとする。と、「落ち着け」の声がしたあと、体がふわりと宙に浮いた。
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