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暴れる蒼生を抱き上げた律が、「蒼生、Stop 」と耳元で囁く。その声は、あくまで穏やかだったけれど、言われた途端、まるで鎖が絡みついたように蒼生の体は動かなくなった。
「……っ」
「ごめん。他に方法が思い浮かばない」
戸惑う蒼生の顔を覗き込み、「少し我慢して」と告げてから、部屋を出た律は階段を降り、ダイニングへと移動する。
そして、冷蔵庫からなにか取り出し、テーブルの上に置いたあと、蒼生をそっと床に下ろして自分は椅子へと腰をおろした。
「俺を信じて欲しい」
頭の上から聞こえる声に、Dom特有の威圧感はまるでない。彼は、動けないことに混乱している蒼生の心を読んだかのように、「いきなりこんなことされたら、怖いよな」と告げてきた。
「すぐ済ませるから」と続けた律は、蒼生の顎を指で上向かせ、視線が合うまで暫し待ってから、「蒼生、Kneel 」と命じてくる。
「……っ!」
刹那、強い衝動に突き動かされて体が勝手に動いてしまい、蒼生は背筋を伸ばしていわゆる"おすわり"の姿勢をとった。
「上手。いい子だ」
安堵したように微笑んだ律の手のひらが、蒼生の小さな頭と頬とをなで回す。
(これ……なに?)
ふわふわとした温かなものが、心の中を満たしていくのが自分自身にも良く分かった。この時、蒼生は初めて褒められたことに喜びを感じているのだが、馴れないことが起こりすぎたため、うまく感情が形にならない。
(気持ちいい)
下肢が切なく疼きはじめ、蒼生は小さく吐息を漏らした。無意識のうちに自身の性器へ手で触れようとしたけれど、律が「待て」と言ったため、ビクリと体を硬直させる。
「俺の命令 、気持ちいい?」
問われて蒼生は頷き返す。
考えてのことではなく、本能からくる反射だったが、だからこそ、偽りのない蒼生の素直な答えだった。
「俺の名前を呼べたら、触らせてあげる。できる?」
「……あ……あ」
「律だ。言ってみて」
柔らかな声に促され、名前を呼ぼうと口を開くが、旭の命令が呪縛のように邪魔をして、声は出るけれど言葉にならない。
緊張のあまり蒼生の呼吸は浅くなり、少しすると、ふらふらと体が揺れ始めた。
「蒼生、俺を見て」
頬に両手が添えられて、視線が再び律と絡む。
(……綺麗)
「がんばれ」
色素の薄い瞳が放つ虹彩に魅了されるうち、律の存在が蒼生の中で大きな部分を占めていく。そして、気づいた時には口を開き、声を発してしまっていた。
「……りつ…さん」
名前を紡いだ蒼生の声は、小さく掠れたものだったけれど、「ありがとう。上手だよ」と、律は蒼生を褒めてくれた。
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