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 蒼生がなんとか話を終えると、しばしの沈黙が訪れる。律の表情はいつも通り柔和なものだが、すぐに返事を貰えないことで、不安を覚えた蒼生の鼓動は速くなった。 「あの、僕……」 「ごめん。話すのを忘れてた。蒼生のアパートは引き払ってあるんだ。で、浪人中は今いる家で過ごすことになった」  こらえられずに口を開くと、同時に律が話を始める。思いもよらないことを言われて、蒼生は瞳を見開いた。 「病院代も、洋服代も、これからかかる生活費も、蒼生は気にしなくていい。ぜんぶ白石が蒼生のお父さんに請求することになってるから」 「え……でも、抑制剤が飲めるようになるまでって……」 「確かにそう言った。でも、保護した時の状況が状況だったからね。抑制剤が飲めるようになったからって、すぐに一人にするのは無責任だと思ったんだ。勝手に決めたことは謝る。ごめんな。で、蒼生の気持ちはどう? 俺と暮らすのは嫌?」  穏やかな声音でそう問われ、蒼生は首を左右に振る。 「嫌じゃないです。でも、律さんの迷惑になるから」 「前にも言ったけど、迷惑だったら言わないよ。蒼生がどうしても嫌だって言うなら、セキュリティのちゃんとしてるマンションを探そうと思ってたけど、嫌じゃないなら決まりだな。荷物は白石が管理してるから、近い内に運ばせる」 「あの……」 「なに?」  どうしてここまでしてくれるのか? 尋ねたくて口を開くが、声にすることはできなかった。  きっと、律は蒼生を気遣って、いつものように優しい返事をくれるだろう。  けれど、自分に自信を持てない蒼生は、心の底から信じることができない。それが分かっているのに質問をするのは、律に対して失礼だ。 「……ありがとうございます」 「気にしないで。蒼生はなにも心配しなくていい」 「はい」  返事をしてから外を見ると、景色は街から海岸線へと変わっていた。空からは雪が降り始めていて、車を降りたら寒いのだろうと蒼生はぼんやり考える。 (浪人中、一緒に暮らすって……)  さきほどされた話の内容を頭の中で反芻しながら、蒼生の心は多幸感と不安の間で揺らいでいた。 (迷惑、かけないようにしないと)  この二週間、律は蒼生が必要な時に、コマンドを与えてくれている。それは、とても幸せで甘美な時間なのだけれど、このまま一緒に暮らし始めれば、優しい律に依存しすぎてしまいそうで怖かった。 (……こんなの、好きにならないほうが無理だ)  今現在、蒼生は律へと(ほの)かな恋情を抱いている。それを自覚しているから、不安な気持ちが募るのだ。  その反面、律が蒼生に抱く感情は、あくまで同情や庇護欲であり、恋情とは別のものだとも理解している。  DomとSubという属性が存在しなければ、律のような完璧な大人が、蒼生に構う理由が思いつかなかった。  

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