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「露天は温泉になってるんだ」 「……すごい」 「俺も蒼生もこの二週間がんばったから、ご褒美。美味しいもの食べて、少しのんびりしよう」    目を見開いて驚く蒼生にそう告げると、「さすがに外は寒いな」と言って律はドアをいったん閉めた。 「旅館は初めて?」 「中学の修学旅行で一度だけ……でも、こんなに立派じゃなかったから」 「高校の修学旅行は?」 「……行ってません」  正確には、旭に「行くな」と言われて参加を()めたのだが、それが命令だったかのかと問われれば、蒼生は否と答えるだろう。なにせ、教室内で孤立していた蒼生にとって、旭の言葉が救いであったことに間違いはないのだから。 「……そうか。なんにせよ、驚いてもらえて嬉しいよ。まずはジャグジーで温まって、それから露天に入ろうか」  脱衣所へいったん戻ると律が服を脱ぎ始める。呆然(ぼうぜん)とそれを見ていると、こちらに視線を寄越(よこ)した彼は、「どうした?」と不思議そうな表情をして尋ねてきた。 「あ、なんでもないです」  律に背を向け、慌てて服を脱ぎながらも、内心激しく動揺する。これまで、風呂まで運んでもらったことはあるけれど、意識がある状態で一緒に入ったことはなかった。  なので、蒼生は律の裸を見たことが一度もない。  蒼生は何度も身体を晒しているけれど、それはプレイ中のことで、Domの支配を受けていない状況下では無いことだ。  男同士なのだから、恥ずかしくないと自分自身に言い聞かせても、律に対して(いだ)き始めた感情を自覚しているだけに、蒼生は羞恥を覚えてしまう。 「先に入ってるから」 「は、はいっ」  突然声をかけられて、上擦った声が出てしまった。クスリと喉で笑った律に、「急がなくていいよ」と言われて頷けば、背後からドアの開閉する音が聞こえてくる。 (意識しちゃ……ダメだ)   手早く服を脱ぎ去って、腰にタオルを巻いた蒼生は、(よこしま)な気持ちを振り払おうと頭を軽く左右に振った。  もう、旭の時のような失敗はしたくない。  律が蒼生に求めているのは、互いの欲求を満たすためのプレイであり、そこに恋愛感情など抱いてはいけない。なにせ、律のような完璧な大人が、自分を恋愛対象として見るはずがない。 (分かってる。ちゃんと……できる)  磨り硝子になっているドアを開けながら、ならばせめて、律に望まれるSubになろうとこの時蒼生は決意した。   

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