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『……な、なんで?』 『分かります。俺、Domだから』 『そういうもの……なの?』  SubとDomとの間には、互いに感じることのできる特有のフェロモンがあるという知識はあるけれど、蒼生自身、それを一度も体験したことが無かった。  抑制剤を服用してなお、初対面の旭に知られてしまったことに、ショックを受けた蒼生が瞳を見開けば……唇の端を綺麗に上げ、柔らかな笑みを浮かべた旭は、『そういうものです』と簡潔に答えた。 『見たところ、欲求が満たされてないか、抑制剤が合っていないか……って思うんですが、通院はしてますか?』 『通院は……してます。抑制剤は一番軽いものを処方されたけど、それでも合わなくて……これでダメなら対処療法をするしかないって言われたけど、迷ってて……』  ここでいう対処療法とは、医療行為の国家資格を持っているDomにプレイをしてもらうことだ。軽いコマンドを受け入れることで、精神的に安定すると医師から説明されたけれど、知らない人に(ゆだ)ねることへの恐怖心が拭えなかった。   『今まで、一度もプレイをしたことがないってことか』  独白のような旭の声に小さく頷き返しながら、どうして彼にこんな話してしまったのか? と、蒼生は後悔しはじめた。彼の微笑みに魅了され、すでに支配を受け入れはじめているために、感情がうまく制御ができなくなっているのだが、本人はそれに気づけない。 『なら、俺がやってあげる』 『え? でも……』 『俺じゃ嫌?』 『そんなことは……ないけど……』   親身になってくれている彼に否とは言えず、迷いの中、歯切れの悪い返事をした蒼生だったが、旭には了承したと受け取られたようだった。 『なら良かった。まずは名前を教えて』  揺れる蒼生の瞳を見つめ、旭が放った一言は、これまでの会話と全く違う不思議な響きを帯びていて――。 『……っ』 『Say(教えて)』  大きな手のひらが包み込むように頬へ触れ、『LOOK(目を逸らすな)』と一言命令されれば、体の芯が痺れるような感覚に陥ってしまう。 『た、竹花……蒼生』 『いい子。良く言えたね。蒼生先輩』  まるで子供をあやすように頭をクシャリと撫でられた時、これまでに無い多幸感に包まれながら、蒼生はふらりとよろめいた。そんな蒼生を抱きとめた旭は、『蒼生先輩、このまま眠っていいですよ』と耳元へ低く囁いてくる。 (これが……プレイ?)  必死に考えようとするけれど、思考がうまく働かず、そればかりか、旭の声に呼応するように急激な睡魔に襲われた。  そして、このあと蒼生は数ヶ月ぶりに熟睡することができ、これをきっかけに時折旭に軽いプレイをしてもらうな間柄になったのだが――

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