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「じゃあ聞いてみて」 「え?」 「律がオッケーすればいいんだろ? 今聞いてみればいい」 「でも、仕事中だから、迷惑かと……」  言い終える前に「大丈夫。もう仕事は終わってこっちに向かってる」と言われ、「ほら、早く」と促されたから蒼生はスマートフォンを取り出す。 「もしかして、俺と散歩行くの嫌だった?」  少しの時間躊躇(ちゅうちょ)していると、思いもよらない事を言われ、慌てた蒼生は左右に大きく首を振った。 「いえ、そんなこと無いです。行きたいです。ただ、僕から電話したことがないから……」  もう数ヶ月一緒に暮らしているけれど、蒼生は律に電話をかけたことがない。だから、緊張しているのだと素直に伝えれば、龍真は「じゃあ頑張ってみよう」と、優しい笑みを蒼生に向けた。  震える指で発信ボタンを押してから、通話を終えるまでの時間はほんの一分程度だったが、緊張したのは最初だけで、律の声を聞いた途端、蒼生は落ち着きを取り戻した。 『白石が一緒ならいいよ。気をつけて行っておいで』  そう言われたことを龍真に告げると、「良かったな」と頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。    薄手のジャケットを羽織った蒼生と龍真が外に出た時には、すでに西陽が射していた。 「日が暮れるから、1時間くらいで戻ってこよう」と言われ、蒼生は「はい」と返事をする。 「どれくらい外に出てないんだ?」 「えっと、2週間くらい……です」  食材や日用品は定期的に宅配ボックスへ届くから、買い物に行く必要もなく、ここ最近は雨が多くて律の休みには2人で家で過ごしていた。  運動不足にならないように、トレーニングルームで体を動かしてはいるけれど、律と違って体力のない蒼生はすぐに音を上げていた。 「二週間も? 律はそんなに過保護なのか。 ずっと部屋にいて暇じゃない?」 「それは……日中はオンラインで予備校の授業を受けてて、空いた時間は課題をやったり、本を読んだりしてるので、そこまで暇とは思わないです」 「なるほど、そういえば蒼生君は受験生だもんな」 「はい」  そこでいったん会話が途切れ、蒼生はなにげなく辺りを見渡す。 (海に行くのかな)  家から数分歩いた所に海があることは知っていた。梅雨入りをする前に、何度か律と行ったことがある。  同じ道を歩いているから、龍真もたぶんこの先にある砂浜を目指しているのだろう。  この辺りは別荘地だから、歩いていても人と会うことはあまりなかった。  夏になれば少し賑わうと律は言っていたけれど、観光地では無いからそこまでうるさいことはないらしい。  進むにつれ、空気は僅かな湿り気を帯び、潮騒の音が聞こえてくる。道すがら、生け垣の紫陽花があちらこちらで満開の花を咲かせていた。  堤防の隙間から砂浜まで進んでいくと、眼前に広がる海は夕焼け色に染まっている。 「……っ」  蒼生が思わず立ち止まり、感嘆の息を漏らしていると、隣に立つ龍真が小さく「綺麗だな」と呟いた。 「あのさ、律は蒼生君に無理させてない?」    しばしの間海を眺め、遠くに小さく見える船へと思いを()せていた蒼生は、龍真の声で我へ返り、戸惑いながら彼を見上げる。

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