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第5話
実は、僕には人に言えない秘密があった。
僕はいわゆる『オトメン』的傾向があって、女の子の好きそうな可愛い小物とかヒラヒラした綺麗な洋服とかが大好きなのだ。だから目の前の部屋には薔薇の小花が散った淡いピンクの自作カーテンがかかっているし、ソファもクッションもみんな乙女チックな色合いのもので統一してある。とどめに一番目立つ場所に置いた棚には、メイド服を着せたドールが3体くらいデンと置いてあったりするのだ。
綺麗できちんと片付いているのはいいけれど、ほんわかと少女マンガみたいで、誰がどう見ても26歳の独身男の部屋じゃない。エッチな本やDVDが散らばってる方が、キモい乙女部屋よりはまだ外聞がいいくらいだ。リックをとりあえずどこかに待たせて、ファンシーなもの一切を押入れに突っ込んでから呼ぶのだったと後悔してももう遅い。
「あっ、ちょっとリック! 待っ……!」
「お邪魔します」
僕がおたおたしている間に脇をすり抜け、リックはきちんと靴を脱ぎさっさと中に上がり込んでしまう。OHなんとかかんとか、と英語で感想を言っているけれど、パニくっている僕には意味を聞き返そうとか、そういう余裕も全くない。
「ごめん、変な部屋で! ホントにごめん! 気持ち悪いよね? あの、今すぐ片付けるからっ」
押しのけるように部屋に駆け込もうとした僕の腕を、リックが軽く掴んだ。
「何も問題ないですよ。なんて可愛い部屋だろう。君にぴったりだ!」
耳を疑い、思わず相手を振り向く。感嘆の表情は、どうやら冗談や気遣いで言っているのではないらしい。僕はポカンとしてしまう。
「え……だってあの、僕みたいな男が、こんな、女の子部屋……おかしいでしょ?」
「どうして? とても綺麗で気持ちがホッとする部屋ですよ。それにきちんと片付いている。君がどんなにこの部屋を居心地よく整えているかが、よくわかります」
「お、おかしくないの……?」
「全然! シンはこういう綺麗で優しいものが好きなのですね。それは君の個性です。そういう感性は大切にした方がいい」
触れられた腕から、じんわりとぬくもりが伝わる。染みていく温かさは、ずっと冷たかった心のどこかをほんのりと温めてくれた。
僕が女の子の好むファンシーグッズや洋服に興味を持ち始めたのは、思春期の頃からだ。
人形やフリルのついたワンピース、愛らしい小物や綺麗な宝石箱なんかを見ると、現実離れした素敵な夢が詰まっているように見えて胸が弾んだ。もちろん誰にもそんなことは言えず、小遣いで気に入った髪飾りや容器の綺麗な化粧品なんかを少しずつ買って、クローゼットの中の箱に隠していた。誰もいないときにその秘密の箱を出して、眺めてうっとりするのが僕の秘かな楽しみだった。
姉2人のあとに生まれた待望の長男で、『新之助』なんて名前をつけられ男らしく逞しく育つよう、父から厳しくしつけられた反動もあったのかもしれない。何かにつけて『男らしくない』『情けない』と叱られるたびに、自分を否定されたような悲しい気持ちになった。どうして自分も姉さん達のように女の子に生まれなかったんだろうと、そっと枕を濡らす夜もあった。
女々しいことは恥ずべきことだ――そう、僕は父から言い聞かせられて育った。だから今の僕はその恥ずべき愚物の最たるもので、僕の夢が詰まったこの秘密の部屋は到底人になんか見せられない、醜い恥の集大成のはずだった。
それをリックは、いい部屋だと言う。この部屋が、僕の個性だと言う。
そんなことを言われたのは初めてで、文字通り受け取っていいのかもわからずに、僕は居心地悪く視線を移ろわす。
「こ、こんな部屋で、ホントにいいのかな……。ごめんね」
「シン」
呼びかけたきり言葉を続けようとしない相手に不安になって、僕はおずおずと顔を上げた。目が合うとリックは優しげな目を細め、ニッコリと微笑んでくれる。僕が目を合わせるのを待ってくれていたらしい。
「もう『ごめん』は無しです。君は謝るようなことを何もしていないのだから。『ごめん』と言いそうになったら、『ありがとう』と言い換えてみてください」
「え……『ありがとう』?」
「そう。そうすると、君も私も嬉しくなってくる、魔法の言葉です。ほら、言ってみて」
僕は日頃から、何かあるとすぐ謝ってしまうタイプだ。自分に非のないときでも、相手が自分を非難しないか、嫌いにならないかと不安になってしまって、とりあえず先に謝ってしまう。そうすれば、自分に敵意がないことを相手に示せるので気持ちが楽になる。きっと自己防衛本能だ。
でも考えてみると、悪くもないのに謝られるほうはどうだろう。あまりいい気はしないんじゃないだろうか。
「リック、こんな変な部屋に来てくれて、ありがとう」
試しに言ってみた。確かに、悪くない。ごめんなさいよりもポジティブで、相手にも自分にもいい感じな気がする。
「はい。私からもありがとう。こんな素敵な部屋に招いてくれて」
胸の奥がジン、とした。なんだか急に嬉しくなった。
同時に、逸らさずじっとみつめてくる彼のまっすぐな眼差しが、なんだか急に息苦しく感じられてきた。
「あ、適当に座って。コーヒーでもいれるから。それとも紅茶の方がいい? 何か飲みたいものある?」
僕はキッチンへ逃げようと身を翻す。もう一度腕を今度は少し強く掴まれ、鼓動がコトリと嫌な感じに高鳴った。
「っ……」
振り払ってしまったのは無意識だった。彼のことが怖いわけじゃない。ただ、体が過去のトラウマを覚えていて、自然に反応してしまうのだ。
あのときの連中とリックとは、外国人だというだけで全く違うのに……。
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