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第10話

***  夏休みの日曜日、秋葉原のメインストリートは人で一杯だ。おまけに暑い。まだ7月の半ばだけれど、最高気温35度はもう完全に真夏だ。  そして僕は、人混みが苦手だ。群衆の中にしばらくいると、具合が悪くなってくる。アキバは大好きな街だけれどこの人混みが嫌で、いつもは平日に有給休暇を取って来るようにしていた。休日はこんなに人が集まるのかと、改めてびっくりしてしまう。 「シン、大丈夫ですか? 疲れましたか?」  顔を覗き込むようにして心配そうに聞いてくるリックに、なんとか笑顔で応じる。 「あ、うん、疲れてないよ。リックこそ大丈夫?」 「私は大丈夫。ここは活気があってとても楽しい街ですね」  お世辞ではなく本気で言ってくれているのがわかり、僕はホッとする。  昨日約束したとおり、僕はリックを連れて秋葉原の街を案内して回っている。スカイツリーや浅草でなくて本当にいいのかともう一度彼に確認したら、『予定通り、シンの行きつけのお店に行きたいです』とリクエストしてくれた。    僕は休日は滅多に部屋から出ないインドア派だ。レンタルDVD店と本屋とコンビニがほとんどの生活圏。職場も自転車で行ける距離なので、電車に乗ってわざわざ行く所といったら本当にアキバくらいだ。  ナチュラルでいい、という言葉に励まされ思い切ってそのことを告げると、リックはOH、と声を上げ、冗談抜きで瞳を輝かせた。なんでも秋葉原は、アメリカでも今や有名な街なのだそうだ。  こんなことなら外国人のためのアキバ観光スポットとかをリサーチしておくんだったと後悔しながら、まずは定番の電気街を案内し、リックの家族へお土産を買った後、行きつけのドールとプラモデルの専門店に連れて行った。  3階建ての店内がすべて人形やフィギュア、プラモばかりのマニアックな品揃えに、リックは真顔で感嘆し、店内を隈なく歩き回っては僕にいろいろ質問してきた。僕も趣味のことだけに、ついつい口も軽くなる。ドールは秘密の趣味なのでこれまではもちろん一人で来ていたけれど、誰かとしゃべりながら見て回るのがそんなに楽しいものだなんて思ってもみなかった。  でもきっと、相手は誰でもいいというわけじゃない。リックとだから楽しいのだ。リックだったら僕が何を言ってもそのまま受け入れてくれそうな、そんな安心感があるからだ。  姪御さんにあげる人形を買って店を出、大通りを並んで歩きながらそっと相手を伺い見る。視線に気づいた彼が微笑んでくれると、体がふわりと浮くような気分になる。リックが隣にいるだけで、一人地味に過ごしていた日曜日が刺激的で素敵なものに変わる。  本当に不思議だ。彼とは昨日会ったばかりなのに、もうこんなに打ち解けている。日本人よりも話しやすくて、一緒にいるとホッとする。  どうしてだろう。彼の日本語があまりにも上手で、外国人ということを感じさせないから?   いや、それだけじゃない。違う気がする。理由はきっと、彼がとても優しいからだ。甘えさせてくれるからだ。  僕は本当は、自分が甘えん坊だということを知っている。でもこれまで、誰も僕を甘えさせてくれる人はいなかった。家族は僕に桂家の長男として強くあれと願っていたし、職場の人にも数少ない友達にも、自分の情けない性格や特殊な趣味をさらけ出せなかった。  そのままの君でいいよ、と受け入れて、頭を撫でてくれたのはリックだけだ。 「あ……」  ボーッと考えていたら、つまづき前のめりになって軽く腕を支えられた。 「シン、気をつけて」 「う、うん、ごめ、ありがとう。僕ちょっと、たまにボーッとしちゃって」 「やはり少し座りましょうか。ずっと歩きどおしでしたから、私も喉が渇きました」  人通りの多い大通りを抜け、木陰になったベンチと花壇のあるポケットパーク的なスペースで足を止め、リックが座るように促した。やっぱり優しい。きっと彼自身はそれほど疲れていないのに、僕が気を遣わないようにそう言ってくれているのだ。 「あ、うん。ありがとう」  言われるままに腰をかけるとホッと全身が緩んだ。楽しくて興奮していたので気づかなかったけれど、どこにいても注目を集めるリックの隣で僕まで視線を浴び、無意識のうちに緊張していたみたいだ。 「ちょっと待っていて」  リックはそう言うと、近くに見えるテイクアウトのコーヒー店へと足早に向かって行く。一緒に行こうと立ち上がろうとしたけれど、思いのほか疲れていたようで腰が上がらない。背中を見送り、遠慮なく休ませてもらうことにする。  なんだかこれではどっちがゲストだかわからない。僕だけが楽しませてもらってリックはむしろ世話をやくばかりで、本当にいいのかな、と少しだけ不安になった。

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