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第11話

 若い女の子たちの笑いさざめく声に視線を上げると、向かい側の通りにある可愛いベビーピンクの外装の店が目に入った。そこから出てきた二人の女の子が着ているのはペチコートがのぞく短めのワンピースに、ヒラヒラのフリルがついた白いエプロンのメイド服だ。コスプレ衣装を身に着けた彼女たちは恥ずかしがる様子もなく、むしろ嬉しげにはしゃぎながら街へと繰り出して行く。アキバならではの光景だ。  その店『フローラル・ルージュ』がメイド服専門のレンタル店であることを、僕は知っていた。入ったことはもちろんないけれど、HPによればメイド服を試着しての記念撮影や時間決めの外出もできるらしかった。  本当は店の前を通るたびに、秘かに気になっていた。ショウウィンドウに飾られた、女の子の夢が詰まったようなフワフワのピンクのワンピースと真っ白なエプロン。フリルをあしらったニーハイソックスと小さい赤い靴。  そんなに美人でも可愛くなくてもいい。女の子だったら、女の子でありさえすれば、あの店に入る勇気が持てたのに。たとえあまり似合わなくとも可愛いメイドさんの服を着て、鏡に映して笑ってみることができたかもしれないのに。 「お待たせしました」  かけられた声にハッと振り向くと、リックがコーヒーチェーンのロゴのついたカップを差し出してくれていた。 「アイスキャラメルマキアートでいいですか? シンは甘いのが好きでしたよね」 「あ、ありがと」  細やかな気遣いに恐縮しつつカップを受け取る。昨日の懇親会で僕がお酒を一滴も飲まず、アイスココアやオレンジジュースばかり飲んでいたところを覚えていてくれたのだろう。  隣に座ったリックは濃いブラウンの飲み物、おそらくはビターなアイスエスプレッソを傾けながら、穏やかに語りかけてくる。 「さっきの店は非常に面白かった。あれも誇れる日本のカルチャーですね。ここは本当に楽しい街です。おもちゃのたくさん入った箱みたいだ」 「リックは退屈じゃなかった? 僕、なんか一人ではしゃいじゃって……」 「全然! 刺激が多くて退屈どころじゃないですよ。お土産もたくさん買えたしね。シンが一緒に選んでくれたおかげで、とても効率的にいいものが手に入りました」  そう言って片目をつぶり、戦利品の紙袋を持ち上げる。少しでも役に立ててよかったとホッとして、僕はマキアートに口をつける。冷たくてとてもおいしい。 「ところでシン、あの店はなんですか?」  問いかけられて、カップを危うく取り落としそうになった。もしかして、ボーッとショウウィンドウに見惚れていたのを見られていただろうか。 「えっと、や、あれは、よくわかんないけど、メイドさんの服を貸してくれるお店だと思うよ。メイドさん、わかる?」 「ああ、メイドね。わかりますよ、ここに来るまでも何人も見かけましたよね。メイドがチラシを配ったり街を歩いたり、本当にユニークな所だ」 「なんていうのかな、本来のお屋敷の使用人っていうんじゃなくて、キャラクターっぽい感じなんだよね、きっと。ファッションみたいなものかな」 「ふぅん」  わかったのかわからないのか、リックは好奇心に満ちた目を見開き頷くと、飲み終えたカップを手の中でクシャッとつぶし立ち上がった。 「では、行きましょうか」 「えっ? 行くって、どこへ……?」 「もちろん、あの店ですよ。『フローラル・ルージュ』?」 「えぇっ?」 「シンは行ってみたいんでしょう? 私に隠しても無駄ですよ。諦めなさい」  ウインクと共に命令形で言われて、またしてもみっともなくパニックに陥る僕。全くどうして彼にはこう、何もかも読まれてしまうのだろう。 「えっと、あの! 僕、その……やっぱ変だよね」  観念した。いくらごまかしても、ばれてしまっているものはしょうがない。 「僕ああいう綺麗な服とか、昔からすごい好きで……女の子だったら着られたのに、なんていつも思ってたんだ。だから人形の服を作るのもその代償行為……う~ん、要するに代わりみたいなものなのかな、きっと」    さすがに恥ずかしくて顔が上げられない。呆れ眉をひそめているリックの顔を想像すると、いたたまれず消え入りたくなる。 「今でもそうですか?」  でも降りて来た声はとても優しくて、僕は恐る恐る顔を上げた。温かい眼差しが、大丈夫だから話して、と言いたげに僕をみつめていた。 「今でも着たいですか?」  繰り返し聞かれる。  どう思われても構わない。リックの前ではナチュラルでいたい。急にそう思った。 「うん、着たいよ。あはは、こんなの、ホントおかしいよね」 「全然」  リックはきっぱり言い切ると、いきなり僕の腕を取り、ちょっと強引に立たせる。空になったカップを彼のと一緒にダストボックスへ放り込み、うろたえる僕の手首を掴んだまま通りを横切って行く。 「えっ! ちょちょ、ちょっと待って、リック!」 「何か?」 「ほ、本気なの?」 「当然」 「だ、だって、あの店は女の子の行く店だよ!」 「男子はキープアウトですか? それは決まりですか?」 「や、あの、決まりってわけじゃないだろうけど、でも……っ」 「じゃ、OKです」  抵抗もできず引きずられながら、僕の胸はやたらとときめく。嫌だからじゃない。むしろ逆、壁を乗り越える期待からだ。

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