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第13話

「お待たせいたしました~!」  逃げ出す間もなく、メイド嬢が戻ってきてしまった。 「お客さまはお上品で知的なお顔だし、大人っぽさの中にも可愛さのあるものをお持ちしてみましたぁ。絶対ご満足いただけると思いますよぉ。さ、どうぞ、ドレスルームへ!」  リックと店員嬢に両脇から挟まれて、僕は有無を言わさずピンクのカーテンのかかった試着室へ連行されてしまう。 「着方がわからなかったらおっしゃってくださいね~」  と、服と一緒に押し込まれてはもう断れない。ここまできて嫌だと駄々をこねるのもなんだか男らしくないし、リックに期待されていると思うとなおさらだ。  ただの遊びだ。話のネタのようなものだ。  そう言い聞かせ、無理矢理押し付けられてしまったメイド服をフックに引っ掛けた。ヒラヒラの少ないエレガントなデザインのベルベットのワンピースの裾に、下品でない程度にギャザーが寄っている。丈はロングで上品な雰囲気が漂い、白いエプロンが清潔感があって素敵だ。肌の露出が極端に少ないのに女性らしい可愛らしさもあって、お洒落着でも着られそうなおとなしめのデザインだ。  なんだか胸がドキドキしてきた。明らかに期待からだった。姉さんのワンピースをこっそり着てみたあのときの、甘いときめきを思い出す。苦い思い出に胸がチクリと痛んだけれど、今は僕を叱る人はいない。気持ち悪いと軽蔑する人もいない。  着ていたTシャツとジーンズを脱ぎ、震える指でワンピースに袖を通した。脚がスースーしてなんだか心もとない感じだ。背中のファスナーを止めるジーッという音がやけに響き、なんだか悪いことをしているような気分になってくる。  男にしては小柄で貧相な体つきの僕は、レディースでも余裕で着られてしまう。体型を見て大体のサイズが店員嬢にはわかったのか、ワンピースはあつらえたようにぴったりだった。エプロンをつけレースの黒ストッキングを履き、姿見に完成した我が身を映した。 「うそ……」  思わずつぶやく。信じられないけれど、かなり、似合っている。  線が細く女顔とはいえ一応れっきとした男だ。どう頑張ったって見苦しいオカマさんみたいになるに違いないと思っていたのが、意外にもかなりいけている。  両手の指先でそっとスカートを摘まんでみる。フワリと広がる紫紺のベルベット。裾のギャザーがヒラヒラと揺れる。  封印したはずの心の奥の秘密の宝箱から、じんわりと喜びが湧き上がって来る。思い切って口角を上げてみた。鏡の中で性別不明のにわかメイドさんが、嬉しそうに微笑んでいる。  本当はずっと、こんな服が着てみたかった。一生叶わないと思っていた夢が、信じられないことに叶ってしまった。 「お客さま~、いかがですかぁ?」  メイド嬢の声が外から聞こえ、僕はあわてて緩んだ顔を引き締めた。 「あ……は、はいっ」 「開けますよ~」  OKとも言わないのにシャーッとカーテンが引かれ、店員とリックが中を覗き込んできた。二人の視線を痛いほど感じると、鼓動は速くなり頬は熱くなってくる。  自分ではいけていると思っても、人から見たらどうだかわからない。ごつい男が無理に女装しているようにしか見えないかもしれない。現に二人とも、絶句して言葉も出ないじゃないか。 「めっ……!」  気まずい沈黙を破り、声を発したのは店員嬢だった。 「メイクさせてくださいっ! いえもう、そっちはサービスで結構ですから!」 「え……はっ?」  聞き違いかと思わず相手を見ると、なんと100%本気らしく両手を胸の前で組みキラキラと目を輝かせている。 「お客さま、すっごいお似合いですっ! こんなにお似合いの男性って初めてです! ぶっちゃけ、女性のお客さまでもこれだけハマる方っていらっしゃいません! お客さまはメイド服をお召しになるために生まれてきたのかもしれませんっ」 「や、そ、そんな……っ」  リップサービスとは思えない熱烈な賞賛にはさすがに面食らい、助けを求めるようにリックを見た。 「っ……」  驚いた。リックもメイド嬢同様、食い入るように僕をみつめていたのだ。その眼差しはいつも紳士的で優しい彼とは別人みたいな熱を帯びていて、僕の頬をさらに紅潮させる。 「あ、あの、リック……?」 「あ……」  呼びかけられ我に返ったのか、リックは彼らしくなくあわてて僕から視線を逸らした。早口でつぶやかれた英語の意味は、残念ながら僕にはわからない。その滑らかな頬が少し染まって見えるのは気のせいか。  僕達の大いに気まずい間を助けるナイスタイミングで、メイド嬢が僕の腕をガシッと掴んだ。 「ささっ、メイクルームへどうぞぉ。もうこうなったら覚悟を決めて、生まれ変わった自分とご対面しちゃいましょ! いや~ん、久しぶりにやりがい感じる素材だわ!」  最後は完全に素になった店員嬢に引きずられ、困ったように視線を逸らせたままのリックを気にしながら、僕はあえなくメイクルームへと引っ張られて行った。

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