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第17話
***
「そしたら室長がね、それはすごくいいアイデアだねって」
リックのお土産の生八つ橋でお茶にしながら、興奮気味の僕はさっきからしゃべりどおしだ。話し上手なリックの京都旅行記を夕食のおかずに楽しく聞き終えた後、
「今日のシンは嬉しそうだ。何かいいことがありましたか?」
と聞かれ、「聞いてくれる?」と、昼間の出来事を報告し始めたのだ。アイデアの中身を話すと、リックも瞳を輝かせ笑顔を見せてくれた。
「室長がそういういいことはすぐにやろうって、とりあえずまず案内板から作ってみることになったんだ。僕そういうのパソコンで作るのは得意だから」
「素晴しい」
「なんかすごく嬉しくて。僕、英語しゃべれないし、外国の人がちょっと苦手だし、今の部署じゃあまり役に立てないと思ってたから。できることがみつかって、かなりテンション上がってるんだ」
「そう。うん、本当によかった。今の君はとても輝いていますよ。私も嬉しいです」
そう言って本当に嬉しそうに笑ってくれる彼を見て、僕の喜びもさらに倍になる。
「リックのおかげだよ。リック達のために何かしたいって思ったら、浮かんできたアイデアだから」
「私は君の役に立てたんですね。初日にあのホールでみつけた緊張しきった君と、今の君は別人みたいだ。とても綺麗に笑ってくれている」
テーブル越しに伸ばされる指が頬に触れ、僕は少しだけ緊張する。あの日以来、リックが僕に直接触れてきたのは初めてだ。
「え……えっと、リック……」
胸の中でまた、7人の小人が盛大に演奏会を始める。頬の熱さを相手に知られてしまわないかと気になる。伝わるぬくもりが、あの日の甘やかな夢の空間へと僕を帰らせる。
リックの指が、あの日と同じように僕の頬を撫でた。胸がキュッと音を立てて縮こまり、押さえ込んでいる想いが瞳から溢れ出してしまいそうで、僕は思わず俯いた。
「秋葉原のデートで君が笑ってくれたとき、もっともっと笑わせてあげたいと思いました。君の笑顔はとても素敵で、見惚れるほどチャーミングだ。そんなふうに笑われると、君を一人占めしたくなる。私だけのものにしたくなってしまう」
みつめてくるアクアマリンの瞳が、少し熱を高め深い色合いに変わる。僕の胸は震える。
「リック、待って……」
ダメだ。それ以上言われたらどうしようもなくなる。釣り合わない人だから、帰ってしまう人だから、あのときのことは夢の世界の素敵な思い出にしてしまおうと思ってたのに、図々しく期待してしまう。分不相応に欲しくなってしまう。
「待ちません。帰ったら話があると言ったでしょう? 2日間君と離れて、私は自分の気持ちがはっきりとわかりました。京都の街を歩きながら、ずっと君のことばかり考えていた。君が隣にいてくれたら、もっと楽しかったのにと」
リックの表情は真剣だ。冗談で済ませられる範囲ではない。囚われた視線は熱に絡め取られ、もう逸らせない。
「君の笑顔を思い浮かべたら、すぐにでも帰りたくなった。帰って、抱き締めて言おうと思っていました。君が好きだと」
思わず耳を疑った。願望が都合よく声になって聞こえてきたのかと思った。
「ウィークエンドの予定は、やはり断りましょう。また君と2人で出かけたい。京都でも秋葉原でも、どこでもいいです。君の笑顔をたくさんもらって、もっと素敵な思い出を作りたい」
「リック、違う……それ、きっと違うよ」
嬉しいのに、嬉しくてたまらないのに、それ以上に不安で、不安でたまらなくて、僕は言い募る彼をあわてて遮る。
「リックは、僕のメイドさん姿が思ったより似合ってたから、僕のことを女の子みたいに錯覚して、それで好きなんて言うんだよ。でも僕は男、だから……メイドさんの格好はもうできない。女の子になって、笑ってあげられないよ」
自分の言葉に深く傷付いて、我慢しようとしても声が震えてしまう。
そうだ、どんなに綺麗に着飾って上辺だけごまかしても、僕は女性にはなれない。彼の恋人には、絶対になれないのだ。
泣きそうになっている僕を見て、リックは目を細め微笑んだ。
「シンこそわかっていない。私は別に、君の女性の姿に惹かれたわけではありませんよ。元々ゲイなんです。最初の日、ホールで君を見た瞬間一目で気に入った。それだけですよ」
「う、うそ……」
「嘘じゃありません。ゲイだと言わなかったのは、君が生理的に嫌がるかもしれないと思ったからです。そのことを変に意識されて無理をさせたくなかった」
「リック、本当に……?」
「本当ですよ」
彼の熱い手のひらがそっと頬を包む。僕は動けない。ちょっとでも動いたら、今の夢みたいな時間が泡になって消えてしまいそうな気がしたからだ。
声も出せず固まり、ただ唇を震わせるだけの僕に、リックは優しく笑いかけ向かい側の席を立って隣に移ってきた。肩を抱かれる。あのときのように。
「君は少し気が弱くて自信がないけれど、とても優しくて思いやりのある人だ。苦手な外国人である私を温かく迎えてくれて、一生懸命もてなしてくれました。孤独でどこかいつも寂しい君を、楽しませてあげたいと思ったのが最初だった。その気持ちは急速に、守りたいという想いに変わりました」
肩に乗せられていた手が伸ばされ、ふわふわと髪を梳く。心地よさに体が浮いたようになる。
「私の一言一言を、君は純粋なハートで素直に受け止めてくれた。君に影響を与えていると思うだけで、どんどん不思議な気持ちになってきました。もっと変わってほしい。もっと笑ってほしい。でもそれは、私の前でだけ。他の誰にも教えたくない。君がこんなに魅力的だということを」
髪に触れていた手が頬を滑り降り、唇に触れる。僕はシャツの上から、ペンダントにした指輪をそっと握り締める。破裂しそうなほど打っている鼓動の落ち着かせ方もわからず、ただ相手をみつめ返すしかできない。
「で、でも……でもっ、まだ、知り会ってから10日も経ってないのに……」
ほとんど消え入りそうな声で不安を訴えると、リックはおかしそうにクスリと笑う。
「時間は関係ありません。私は君が好きだ。今すぐに君が欲しい。その気持ちだけが今のリアルです。シン、君は?」
「え……」
「私をどう思っているのか、君の気持ちを聞かせて」
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