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第8話
セットを見てドキドキする。
そこには黒と赤が多くあった。
何でこんなことになったんだっけな、と一週間前を思い出す。
■
「──というわけで、一度はボツになった案件だけど、浬が千暁とならやるって言うから、二人にやってもらいまーす。」
「いぇーい!」
「……あまりにも軽い」
ある日の仕事終わり、社長から「今すぐに来て」と呼び出され何事かと急いで事務所に行けば台本を渡された。
内容をパラパラと見るとこれまたSMで。一度はやめようと言ったフィストファックも入っている
浬さんはノリノリで社長と話をしているけれど、俺は上手くできるかどうかが不安。
「千暁にはこれも渡しておくね。勉強してね」
「おぉ……」
渡されたのはSNモノのビデオ五本と『初めてでも安心!SMの心得』と書かれてある本。
これを家で見て勉強しないといけない。
「社長!俺は!?」
「浬は前にこの話が出た時色々勉強するもの渡しただろ。」
「そうだった」
「勉強しつつ、仕事も頑張ってね。浬はこれから撮影だろ。千暁は今日はもう終わって次の撮影は明日だったね。」
「はい」
明日の撮影は那月君と。
俺と出ると売上がいいとかなんとかで、有難いことに向こうの事務所から毎度指名されている。
「じゃあ俺帰ります。」
「えぇっ!俺の撮影見にこないの!?」
「行かないです」
「来てよ!俺頑張るから見ててよ!」
腕に抱きついてきた浬さんにズリズリ引き摺られるように撮影スタジオに行き、そこで気を使ってスタッフさんが出してくれた椅子に座らされる。
「今日ね、輪姦されるの!」
「めちゃくちゃ嬉しそうじゃん」
「最近こういう内容多くない?みんな我慢してるの?」
「そりゃあしちゃいけない事だから、こういうビデオ見て欲求満たすんでしょ?」
「人呼んで頼めば良くない?輪姦して!って」
「違うでしょ。やりたい方だって」
「あ、なるほど。」
話をしていると浬さんに声がかかって、準備に行ってしまった。
俺って本当にこの撮影が終わるまでここにいないといけないのだろうか。
ぼんやりしていると男優さんがゾロゾロスタジオに入ってきた。
俺を見ると「千暁さんだ」と言われ軽く会釈された。
そして彼らはスタジオ内にあるキャスト用の椅子に腰かける。
「浬さんって凄いエロい体だよな。」
「あー、わかります。痩せすぎてなくがっしりしすぎてる訳でもなく……。普通に付き合いたいですもん。」
「いっつもニコニコしてるし可愛いよね。この前撮影で一緒になったんだけど、終わったあと蕩けた顔で『気持ちよかったです』って言われて……思わず連れて帰るところだった。」
ケラケラ話している男優さんたちの声が耳に入ってきた。
なるほど。前に浬さんと喧嘩した時、彼はこんな気持ちだったのか。
仕事だとわかっていても気分が悪い。
モヤモヤしていると浬さんが戻ってきて、俺に「見ててね」と言うや否や男優さんたちの輪に入っていった。
「撮影始まりまーす!」
それから彼は言っていた通り、五人もの男に輪姦されていた。
色んな液体でドロドロのぐちゃぐちゃになり、強気だった始めの方とは違い、終わりの頃には自分から強請ったりして。
撮影が終わると男優さん達が浬さんを介抱していた。
体を拭いてやって、水を飲ませて、ヨイショと立ち上がった浬さんの腰を支えてシャワールームに連れて行く。
「……出よ」
椅子を隅っこに置いてスタジオから出る。
非常階段で滅多に吸わない煙草を吸って気を紛らわす。外はもう暗くて、時間を見ていなかったなとスマートフォンの画面を見れば、もう夜の九時だった。
それから三十分位すれば浬さんがスタジオから出てきて、キョロキョロと辺りを見渡し、俺を見つけるとヨロヨロしながら傍に来る。
「もう!何で勝手に消えるのさー!」
「煙草吸ってたんで」
「え、珍しいね」
「あー、まあ。」
「嫌なことあった?」
「んー……ううん。」
話していると「浬さーん!」と彼の名前が呼ばれ、浬さんは返事をして声のした方に顔を向ける。
彼の視線を追いかけるとそこにはさっき『連れて帰るところだった』と言っていた男優さんがいた。
「ご飯行きませんか?」
「あー、ごめんなさい。今から用事あって」
「ええ、そうなんですか……。さっき撮影これだけって言ってませんでした?」
「撮影はこれで終わりです。ただあの……彼氏が待ってるので。」
浬さんに手を取られて思わず「え」と声が漏れた。
言うんだ?そういうこと言っちゃうんだ?
「え、彼氏……千暁さん……?」
「俺が輪姦されてるの見て嫉妬してるらしいので、今から機嫌取り。じゃ、お疲れ様です!」
手を引かれ非常階段を降りて一階へ。
キョトンとしている間にタクシーに乗せられ、気が付けば浬さんの家のソファーに座っていた。
「はい。」
「あ……ありがとうございます」
そして珈琲を渡される。
受け取って一口飲み、テーブルに置いて漸く。
「言うんだ、彼氏って……」
「うん。本当のことだから」
「言うんだ、嫉妬してるって……」
「それも事実」
恥ずかしい。頭を抱えて俯く。
彼氏ってことはまだしも、嫉妬だとかそういうこと、他人に暴露するなよと思って。
「時間がある時俺の撮影見に来てよ。そしたらもっと嫉妬心がメラメラ燃えて、SM撮影の時気合い入っていいかもよ。」
「……気合い入るかな。むしろ萎えるかも」
「怒りすぎて?」
「うん。前の浬さんの気持ちがわかった。こんなに腹立つものなんだね」
自分以外の誰かに恋人がぐちゃぐちゃにされているのを目の前で見るのって。
「仕事だから仕方ないって思ってたけど、そうじゃないんだなぁ。」
「可愛いねえ」
「は?何が。醜い嫉妬心が可愛いの?」
「可愛い。俺が好きすぎて仕方がないって顔。」
ちゅ、とキスをされて気恥しさに視線を逸らす。
くすくす笑った彼は俺の膝に向かい合わせに乗ると、ぎゅっと抱きついてきた。
「背中に手回してよ」
「……」
「千暁の体温、眠たくなっちゃう。」
「疲れたからでしょ。ベッドに運ぶ?」
「んー……」
「あ、重た。ちょっ、まだ寝ないで、運ぶから!」
ズルズル落ちそうになる彼を抱き上げてベッドに運んだ。
そしてこのまま泊まるか、帰るか……と悩んでいると彼に手を引っ張られベッドにダイブする羽目に。
抱きつかれてムニャムニャ言う彼に適当に返事をしてぼんやりしている間に瞼が落ちて気が付けば眠っていた。
■
朝起きてまだ眠っていた彼のスマートフォンにアプリで仕事に行くとメッセージを送り、撮影予定のスタジオに行けば那月君がすでにそこに居た。
「あ!千暁さん!おはようございます」
「おはようございます。」
ふわふわ笑顔で寄ってきて挨拶をしてくれた彼は相変わらず可愛らしい。
「あの……噂になってますよ」
「噂?」
それがぐっと真剣な顔になって声を潜めた彼に首を傾げる。
「千暁さんが、浬さんの彼氏だって。」
「ああ、あれ……昨日浬さんが……」
「隠してるわけじゃないんですよね?俺も見ててわかるくらいだし」
「え……そんなにわかりやすい?」
「はい。前の3Pの撮影の時なんて、浬さんすごく嫉妬してました。あ、俺は別に浬さんから千暁さんを取ろうとはしてませんよ!」
「おお……」
「千暁さん優しくて好きですけど、恋人持ちの人を狙うことはしません。ただこれは仕事なので……えっと、よろしくお願いします。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします……。ごめんね、気を使わせて。」
那月君は首を左右に振って、準備をしにシャワールームに行った。
俺はというと、この噂のことを社長は怒るかなぁとか、そんなことを思いながら用意された衣装に着替えた。
■
「──っう、ぁ……っ!ぃ、く、イクッ、あぁぁ……っ!」
「っ!」
きつく収縮するそこに射精して、ゆっくりとペニスを抜けばクパクパ動く後孔から精液が流れる。
蕩けきった那月の顔を撮し、痙攣している体全体を撮れば、そこでカットがかかった。
「那月君、お疲れ様。お水飲んで」
「ぁ……ぉ、おつかれさま、です……」
「バスローブ着せるね。体触るよ」
体が冷える前にそれを着せて、少し彼が落ち着いてからシャワールームに連れて行く。
「ありがとうございます。あとは一人でできるので!」
「あ、そう?じゃあ……お疲れ様。」
「はい!お疲れ様です!」
那月君も大分育ったなと思う。
これ、もう俺と出なくても売上はいいんじゃないだろうか。
自分もシャワーを浴びて綺麗になったあと、着てきた服を着る。
今日は自宅に帰ることにして、明日明後日は休み。
その間に勉強用のビデオと本を見ないと。
「お疲れ様です」
走るように家に帰った。
■
いよいよやってきた撮影当日。
セットに若干引いていると、俺の腰に腕が回される。
背中にピトっとくっついた体温に振り返ると浬さんが俺を見上げていた。
「怖い?」
「俺がですか?それは浬さんでは」
「俺は怖くないよ。だって相手は千暁だし。」
ぴょいっと背伸びした浬さんがチュッとキスをしてきた。
するとコソコソとスタッフさん達が「あの噂本当なのかな」と話している声が聞こえて、小さく溜息を吐く。
「何?キス嫌なの?」
「違うくて……。噂、聞いてないですか?俺達が付き合ってるって」
「ああ、聞いたよ。でもそれ事実だし。俺が言ったんだし。あー、撮影楽しみ!」
俺から離れた彼は早速セットの中に入っていく。
正直、胸がドキドキとしている上に手足も冷たくなっている。
久しぶりに緊張するなぁと思いながら、彼の後に続くようにセットに入った。
浬さんは服を着たまま、セットの玄関に立つ。
俺もその隣に並んで、撮影が始まるとそっと彼の腕を掴み部屋の中に足を踏み入れる。
ベッドに腰掛けた俺と、床に正座する彼。
顔をちらっと上げた浬さんは、目を潤ませて不安そうにしている。
このビデオは行為に至るまでの前とその後にドラマがある。
この行為は恋人間で『お仕置き』として行われるもので、じゃあ浬さんが何をしたかと言うと街で女性からナンパをされただけ。
嫉妬深いドSの男と、そんな男に愛されてしまったM男の話。
「なあ、おい。お前がヘラヘラ笑ってるから声掛けられたんだよな。」
「ぁ、ご、ごめん、なさい……」
「ボソボソ喋っても聞こえないんだよ」
顔をパシッと叩く。すると彼は唇を噛んで顔を上げ「ごめんなさい」をハッキリと言った。
「これが初めてじゃないよな。前も怒らなかったっけ。」
「っ……」
「その時、俺、なんて言った?」
「!」
浬さんの胸倉を掴み引き寄せる。
膝立ちになった彼は不安げに瞳を揺らした。
「次、同じようなことがあったら、お仕置きって言ったよなあ?」
「ご、ごめんなさ……っ」
「こっちきて。服脱いで寝転んで」
「っ、は、い」
全裸で仰向けにに寝た彼に拘束をしていく。
左右の手足を一緒に纏め、足を閉じられなくなった彼は僅かに反応しているそこを隠すことも出来ずにいる。
手を伸ばしてピンク色した可愛い乳首を強くつねった。
「っお!」
「お前は雌なんだって誰が見てもわかるようにしないとな」
「ぁ!っ、あ、ンっ!」
「ここでこんなに感じてるの見たら、誰だって雌だってわかるんだろうけどなぁ。ああ、いっその事人集めて見せびらかそうか?」
「ひっ、ぃ、いや、やだ、ごめんなさいっ」
「乳首だけでイけたらしないであげる」
「っで、できない、そんな……」
「ならさっき言ったことするだけだよ」
コリコリ、カリカリ。
摘んで引っ掻いて。
少し反応していたペニスはもう固く勃起していた。
「あぁっ、ん、ぉ、い、いく、イクイク……っ!」
しばらくするとガクッと腰を浮かせた彼はあうあう言って、ペニスから溢れた精液を信じられない顔で見ている。
荒く呼吸を繰り返す彼を横目に、ローションを手に出して後孔に塗り付けた。
驚いている彼を無視して指を挿れ、早速前立腺をグリグリと弄ってやる。
「あっ、あ、あぁぁっ!!」
何とか体をずらしてその刺激から逃げようとする浬さんに強く「逃げるな」と言えば体を固くして、首を左右に激しく振っている。
「いっ、ぁ、いや、ぁっ、ぉ、そこいやぁっ、ぁ、許して、許してぇっ、あ、お゛……っ!」
「勝手にイくな」
「っあ゛、あぁぁ……」
快感を逃がすことができない体勢で、ただひたすら感じるところを触られるのは苦しいだろうな。
中がきついくらいに締め付けられる。また勝手に達したことがわかって、俺は台本通り指を抜いて浬さんの体をうつ伏せにした。
お腹の下にクッションを置いてお尻を突き出させる。
「勝手にイくなっていっただろ」
「ぁ、あ、ごめ、なさぃ……っ」
「だめ。許さない」
「っ!」
ローションを解れたそこにたっぷりと入れる。
自分の手にも塗った。いよいよだなと思いながら。
もう無理だと感じたら『死んじゃう』と言うことは約束させているので、それを言わせないようにこちらも調節しながらやらないと。
指を三本中に入れしっかり解れているのを確認し、四本目を入れる。
苦しそうな声を出す彼の様子を見ながら、一度指を抜き、窄めた手をそこに宛がってゆっくりと挿入した。
「っ、……っ!」
「ちゃんと呼吸しろ」
「っは、はぁっ、あ、がっ、ぁ、おぉぉ……っ!」
手首まで挿入してそこで止める。
必死に呼吸をしている彼が過呼吸になっても困るので落ち着くまで待つ。
チラッと視線を寄越した浬さん。続けても大丈夫だという合図。
前立腺をグリグリ弄って彼が絶頂し力を抜いた頃、ゆっくり奥に進んで結腸部分に触れ、手を拳にしてそこを突く。
「ああぁっ!ぃ、あ、それ、だめ、ダメダメっ、おかしい、いやっ、ぁ、あ、あ!」
「イけイけ。ほら、もっとしてやるよ」
「っ、がっ、あ、あぁっ、お、お゛……」
大きく痙攣した浬さんから突然力が抜ける。
体は震えたまま失神したらしい。
これ、あとでちんこ突っ込む時すぐ結腸抜けそうだなと思いながら手を抜いて、仰向けにし勢いよく頬を叩く。
驚いて目を覚ました彼に休ませる訳もなく尿道にブジーを埋めた。
「ひっ、ひぃっ、ぁ、あ……」
「前立腺、前からも触って貰えて嬉しいね」
「ぁ……ぁ、う、うれしい、気持ちいい……っ」
「これお仕置きなんだけどね」
浬さんの腰を掴みぐちゃぐちゃになった後孔にペニスを宛てがう。
ゴクリ、唾液を飲み込んだ彼はフッと力を抜いて、それと同時に一突きで奥まで挿入した。
「っあ──!」
「ん、結腸気持ちいいね」
「お、ぉ……っ」
やわやわな結腸は簡単に抜けて、浬さんのペニスからは潮がチョロっと漏れる。ブジーのせいで満足に出せないから苦しい上に、中でペニスが前立腺に当たるから気持ちよくてたまらないらしい。
そのまま動けば何度も達しているのに終わらない快感に浬さんは苦しそうな顔を見せた。
ああもしかして、今セーフワード言いそう?
そう思って結腸からペニスを抜いて浅い所でちゅこちゅこ動く。
それでも変わらず絶頂した彼は、泣きながら「取って」と訴えてきた。
「っは、はぁっ、ぁ、く、るし……っぅ、ぁ、ちんちんの、とってぇ……も、出したいぃ……っ」
「だーめ」
「やぁっ、ぁ、はんせ、反省したぁッ」
「何を?」
「っあ、ぉ、おれ、雌、千暁の、雌だからっ、っもうだめぇ……ぁっ、ぁ、おかしい、くる、へんなのくる、やっ、あ、あっあ──ッ!」
浬さんが大きく痙攣する。
メスイキしているようだ。強い締めつけに耐えることなく射精してペニスを抜き、震えたままの彼からブジーを引き抜く。
「あ、ぁぉ……」
勢いのない精液をタラタラと零して。
すると突然泣きながら「ごめんなさい」を言うからどうしたのかと思っていると、体から力が抜けたせいでおしっこを漏らした。
ビショビショになったベッド。
あーあ、と言いながら泣き続ける彼に近づいてそっとキスをする。
「許してあげる」
「っん」
そこで漸くカットが掛かった。
■
慌てて浬さんの体の拘束を外しながら「大丈夫?」と声を掛ける。
彼はもうほとんど眠ってしまいそうで、やばい無理をさせすぎたと反省する。
「浬さん、起きれる?ちょっと移動するよ」
「まだっ、イってるから……っ」
「あ、ごめん」
「ちょ、っと……苦し、千暁……」
「うん。どうしたらいい?」
「ギュッてして……キスして……」
言われた通り、体に響かないようそっと抱きしめて優しくキスをする。
暫くすると落ち着いたようで、浬さんを抱っこしてシャワールームに向かう。
「ごめんなさい。無理させすぎた」
「んーん、ちゃんと見てくれてたの知ってるから大丈夫。」
「……ん?」
「俺が『死んじゃう』って言いそうになった時、ちゃんと弱めてくれたから。」
「ああ……結腸責めしてた時か。」
「うん。流石に言いそうだった。尿道塞がれたし、イってもイっても終わらないし。」
「……ごめんね」
「いや、別に謝ることじゃないじゃん。台本通りだし」
「でもやっぱり……ほら、体にも跡ついちゃってる」
「いいって。それより髪洗って」
浬さんの髪を洗って、体も全部綺麗にする。
体が冷えるので先に彼に上がってもらい、自分もささっと髪と体を洗った後、シャワールームを出て体を拭き服を着た。
浬さんを探していると、スタッフさんがまたコソコソ話している声が聞こえてきた。
「やっぱり噂通り付き合ってるよね。キスしてって言ってたし」
「そうだろ。そもそも浬さん本人が言ったらしいし」
「浬さん、すっごい甘えてたね。千暁さんも満更じゃない感じ」
「目の保養だった。まだしばらく見てたかった。ああいう優しいビデオも良くない?ただ二人で裸で抱き合ってたりキスしたり──っ!千暁さん!」
聞き耳を立てすぎた。いつの間にか話を聞きたい聞きたいと近づいていたようで。
スタッフさんに気づかれて反応に困る。
けれど俺は聞き逃さなかった。とっても魅力的な言葉を。
「あの、その、優しいビデオってやつ、よかったら俺と浬さん使ってくださいね。」
「!」
「俺も今日撮ってて……やっぱり恋人には優しくしたいなって……思って……」
恥ずかしいけど、コソコソ遠巻きに噂されるより肯定してしまった方が早い。
スタッフさんはにこにこ笑顔で頷いていた。
「千暁?何してんの。帰ろうよ」
「あれ、もう復活してる。」
色恋沙汰が好きなスタッフさん達に付き合った経緯を教えてくれと言われ、ボソボソ話していると浬さんがやってきた。
しっかりと自分だけで立っていて、さすがだなと思いながらスタッフさん達に「お疲れ様でした」と挨拶をする。
「ねえ何の話してたの?」
「俺と浬さんが付き合った経緯」
「えっ、そんなこと話してたの?」
「聞かれたからね」
「……まあ、いいけどさあ」
若干彼の足元がふらついていることに気がついて、そっと浬さんの腰に手を回す。
「今日、浬さんの家に帰ります。」
「何で?」
「フラフラで危ないから。そのまま泊まりますね。ご飯とか……俺がお世話する」
「じゃあお願いしよっかな!」
スタッフさんが呼んでくれていたタクシーに乗り、浬さんの家まで二人で帰った。
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