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第2話
「おまえは……」
彼も僕の瞳をじっと見つめている。とても驚いた顔で。まるで引き合うかのように、僕たちは見つめ合う。
「おまえは……誰だ?」
彼がそっと長い指で、僕の目元に触れた。
「そうか……白い花の中に現れる……おまえが……そうなのか?」
彼が少し目を見開く。より銀色の輝きが強くなって、まるで光を放つようだ。その瞳を見つめていると、より身体の奥の疼きが激しくなってくる。
この感覚は知っている。でも、どうして。
〝どうして……? ベッドだから……? 裸……だから?〟
この身体の疼きは……。
「僕は……」
彼が指を触れている右の目元が熱い。どくどくと血の巡りを感じるくらいに熱い。そして、その熱はやがて僕の素肌をも飲み込んで、全身がかっと熱くなっていく。
「僕は……セナです」
今まで、まったくと言っていいくらい忘れていた、思い出せなかった自分の名前がすっと口から出た。
「セナ……か」
彼が、ベッドに横たわった僕の顔の横に軽く手をついた。ベッドが少し沈む。近づいてくる彼は美しかった。さらさらと肩口からこぼれるプラチナブロンドが、僕の裸の胸に触れる。その微かな刺激だけで、僕は声を上げそうになってしまう。
「私は……リシャールだ」
彼が初めて名前を教えてくれる。宝石のような響きの美しい名前だ。そして……どこか懐かしく……愛しい名前。知らないはずなのに、初めて聞くはずの名前なのに、なぜか懐かしい。涙がうっすらとにじんでしまうくらいに愛しい名前。
「リシャール……」
「ああ、そうだ」
彼……リシャールが微笑む。優しく、僕の勘違いでなければ、とても愛おしそうに。
「セナ……おまえを待っていた」
「僕を……?」
僕も手を伸ばして、彼の右目の近くに指を触れる。銀色に輝く彼の瞳は、まるでダイヤモンドのようだ。きらきらと艶やかに光を降りこぼす美しい瞳。
「ああ、おまえをずっと……待っていた。生まれた時から……ずっとおまえを待っていたんだ」
彼が何を言っているのかわからない。
生まれた時から僕を待っていた? でも、僕は彼を知らない。知らないはずなのに。
彼のしなやかな指が、僕の唇を優しく撫でてくれる。
「セナ、おまえが……ほしい」
突然すぎる告白。僕はあなたのことを何も知らない。ここがどこで……自分が誰なのかも知らない。それなのに。
「待って……っ」
彼の顔がすっと近づいてきた。もしかして、彼は僕に口づけようとしている……?
「待ってください……っ」
反射的に言った僕に、彼は少し不思議そうな顔をしている。
「なぜだ? なぜ、待たなければならない。ずっと……ずっと、おまえを待っていたのに」
彼の指が僕の唇から顎、そして、肩先、胸元へと滑っていく。
ほっそりとしなやかではあるが、指先はきっちりと硬くなっていて、優美ではあるが、彼が間違いなくたくましい男性である証だ。
「……っ」
彼の指が、僕の胸でふっくらと膨れた乳首の先を軽く撫でた。それだけで、ひくりとお尻が浮き上がってしまって、僕は自分の身体の反応に戸惑う。
〝なん……で……っ〟
「可愛らしいな」
彼の唇が僕の乳首に触れ、柔らかくあたたかな舌先でゆっくりと味わう。
「そんな……こと……っ」
同性である彼にこんなことをされて、拒まなければいけないと思うのに、まるで身体は縫い止められたように動けず、そして、体内深くに生まれた熱は、明らかな疼きで、僕の肌をしっとりと濡らし始めていた。
「まるで……愛らしい花の蕾のようだ」
「あ……っ!」
いつの間にか固く実ってしまった乳首を吸われて、僕は声を上げてしまっていた。それは……驚くほどに甘くうわずった声だった。
「だめ……っ! ああ……っ」
何も身に着けていない僕は、彼の愛撫を拒めない。彼に触れられると、身体の力が抜けたようになって、拒めない。身体に力は入らないのに、なぜか肌は敏感に彼を感じ、そして、身体の奥がぞわりと蠢く。
そう……これは間違いなく……性的な疼きだ。素肌を合わせて愛し合いたい……そんな激しい衝動。
〝僕は……どうしてしまったんだろう……〟
「……そんなに震えなくともよい」
彼が優しく微笑んだ。僕の瞼にそっとキスをして、頬を撫でてくれる。
「おまえと私は……運命に結ばれている。おまえに……苦しい思いはさせない」
そして、彼がすっとブラウスを脱いだ。滑らかな胸、しっかりと張った肩、細く締まった腰のラインがきれいだ。
「僕を……どうするのですか」
僕は彼の美しい瞳を見つめていた。
あなたと出会って、まだほんの少ししか時間は経っていないのに、なぜだろう。あなたのすべてが愛しくて、懐かしくて……そして、恋しい。
「もう、わかっているのだろう?」
彼が僕の唇に優しく触れる。
「……待って。待ってください……っ」
僕は、この人に抱かれてしまう。出会ったばかりのこの人に。
「お願い……待って……っ」
僕の身体は震えていた。
しかし、寒いとか怖いとか……そういうことではなく、強いて言うなら、それは渇望だった。
あなたがほしくて……あなたの体温、あなたの熱さがほしくて。
〝僕は……あなたを知っている……〟
あなたの肌の熱さ……あなたの吐息……あなたのすべて。
〝僕は……あなたがほしい……〟
身体の奥から湧き上がるような、激しい欲望。
微笑む彼の唇が、僕の唇に触れる。
〝だめ……だ……こんな……こと……っ〟
彼とキスを交わしてしまう。初めて会ったはずの人なのに、彼から求められる間もなく、僕は薄く唇を開く。ごく自然に彼の甘い舌が滑り込んできて、僕は戸惑うこともなく、そこに舌を絡ませていく。微かな声を洩らしながら、僕は甘く深いキスに酔う。
〝こんなこと……いけないのに……〟
理性と本能が、僕の中でせめぎ合う。心と身体がばらばらだ。
彼が僕の素肌に素肌を重ねてきた。僕は彼の滑らかな背中を抱きしめる。
会ったばかりの人と、キスを交わし、そして、身体を重ねてしまう。恐ろしく罪深い、淫らな行為。僕の理性は拒むのに、僕の本能は彼を抱きしめる。
〝やっと……会えた……〟
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