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第4話

ACT2 「よくおいでなさいました」  深い森を抜けたところにあったのは、堂々たる石造りの館だった。その前に立ち、リシャールの駆る白馬を迎えたのは、がっしりとした体格の美丈夫だ。長い髪をオールバックにしてまとめ、首の後ろあたりできりりと結んでいる。彫刻の男性像のように引き締まった顔立ちの男は、リシャールが着ているものよりも、ややごつごつとした感じの織物のチュニックを着ている。年の頃はリシャールよりもずいぶん上で、壮年といったところか。 「リシャールさま、このわび住まいまでのわざわざのお運び、恐悦至極に存じます」  深く響く低音は、聞いているだけで包み込まれるような安心感を与えてくれる。 「相変わらず、森は美しいな、シモン」  ストンと馬から下りて、リシャールは微笑んだ。 「森も館も変わらぬ。ここに来るとほっとする」 「そう言っていただけると、ナーズの森を守る者としては、嬉しゅうございます。おや……」  シモンと呼ばれた美丈夫は、ふとリシャールが下りたばかりの白馬の背を見た。そこには、まだもう一人乗っていたからだ。 「リシャールさま?」 「ああ」  シモンの視線に、リシャールは頷く。 「今日は、頼みがあって来た。おまえにしか頼めぬことだ」  リシャールの言葉に、シモンは少し首を傾げて、馬上の客人をじっと見つめた。 「……っ」  シモンの思慮深い瞳が一瞬、おやと見開かれ、そして、彼はああと深く頷いた。 「……承知いたしました。リシャールさまのお心、読めたように存じます」  そして、シモンはすっと馬に近づくと、一人で下りられずに困っていたセナに向かって、両手を差し伸べる。 「あ、あの……」 「お客人、私はシモン。このナーズの森を守る者にして、リシャールさまを心からご尊敬申し上げる者にございます。ご心配なきように」 「あ、いえ……」  セナは耳まで赤くなりながら、おずおずと両手を差し出して、シモンのたくましい腕に抱かれ、馬から下りた。  朝になり、どうにかセナが動けるようになると、リシャールはそっと召使いを呼び、湯浴みをさせ、まだ静かな城から抜け出したのだ。そして、愛馬にセナを乗せて、城から離れた森に分け入り、この大きな館に着いたのである。 「セナ」  すっとリシャールが馬に乗り直す。すらりと細身に見えるが、きっちりと鍛え上げているのだろう。その動きはとても滑らかだ。軽く愛馬の首を叩いてなだめてから、彼は馬上から手を伸ばして、セナの艶やかな黒髪をさらりと撫でる。 「シモンは、私が最も信頼している者だ。私が迎えに来るまで、おまえを預かってくれる」 「僕を……預かる?」  セナは軽く首を傾げた。 「あの、僕は……」 「セナさま」  シモンが低く深い声でなだめるように言う。 「どうか、リシャールさまの仰せのままに。ご不自由のないよう、十分にお世話をいたしますので」 「いえ、あの、僕は……そんな……」  セナは周囲を見回す。  シモンの着ているものも、やはりリシャールと同じ、とてもクラシカルに感じるものだ。いや、クラシカルというよりむしろ、セナの目から見ると、なんだか映画か演劇の世界に迷い込んだような感覚だ。  昨日、セナが突然現れたリシャールの住む城もそうだし、この石造りの館も、まるで映画のセットだ。しかし、彼らの馴染み方、ごく自然な身のこなしから見ると、やはりここは……こういう世界なのだろう。 〝僕は……どこから来たんだろう……〟  セナは、自分がこの世界に初めからいる人間ではないことがわかっている。信じがたいことだが、おそらく、自分はどこか別の世界からここに迷い込んでしまったようだ。 〝そんな馬鹿なことが……〟  否定しようと首を横に振っても、やはり、この中世ヨーロッパを模したような世界に自分はいて、聞いたこともない言葉を話し、着たこともないような衣装を着て……そして、初めて会った人と、息もできないような激しい愛の行為をしてしまった。 「そんな顔をするな」  リシャールが優しく微笑んでいる。陽に透けるプラチナブロンドと、サファイアとダイヤ、二つの宝石のようなオッドアイ。美しすぎる人の微笑みに、セナは見つめていることもまぶしすぎて、そっとうつむいてしまう。 「どんな……顔ですか」  セナの問いに、リシャールはささやくように答える。 「寂しくて……仕方のない顔だ」  寂しい。  確かに、セナは寂しくて仕方がない。この美しい人から離れたくない。いや、離れてはいけない。彼と離れると考えただけで、ぎゅうっと胸が絞られるように痛む。 「リシャール……っ」  セナは思い切って顔を上げる。 「僕を置いていかないでください……っ」 「セナさま」  リシャールに取りすがろうとするセナを、シモンが抱き留める。 「どうか、お静まりください」 「でも……っ」 「セナ」  再び、リシャールが馬から下りた。両腕を広げて、セナを抱きしめる。  二つの身体は、こんなにもぴったりと寄り添う。初めから一つのものだったかのように。

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