3 / 80

第一章・3

 道端では何だから、と男は蓮を手近なカフェに誘うと、名刺を出した。 『ヴァニラ・クリエイト 代表取締役 五木 新伍(いつき しんご)』 「お若いのに、社長さんなんですね。すごいなぁ」 「いやいや。仲間内で、じゃんけんに負けたからなんだよ」  本題に入ろう。  五木はコーヒーを一口飲んで喉を湿らせると、蓮を口説きにかかった。 「篠原くんに、ぜひうちの専属モデルになって欲しいなぁ、って思って!」 「モデル、ですか!?」 「バイト姿を見るたびに、いつか誘いたいと考えていたんだよ」 「で、でも。僕なんか」  幼い頃から、引っ込み思案だった蓮だ。  学生時代も、陰キャとして通って来た。  そんな僕が、モデル!? 「恥ずかしいから、ダメです」 「恥ずかしくなんかないよ。君でしかできないシチュが、閃いてるんだ」 「僕でしかできない?」 「そう。海でね、波と戯れてくれるだけでいいんだ。それだけで、OK」  それなら。 (それくらいなら、僕にもできるかもしれない)  そう思った蓮が契約書にサインをするには、さほど時間はかからなかった。

ともだちにシェアしよう!