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第9話 夢ではなくて

 寝起きの気分は、けっしていいものではなかった。  目を開け、見たことのない景色に混乱し、俺は思わず飛び起きた。  上半身を起こして気がつく。身体が怠い。痛い。  そのおかげで、ここが千早の部屋であり、このベッドの上で何をされたのか鮮明に思い出した。  そうだ。  俺、千早に抱かれたんだ……  そうだ、寝る前に俺、あいつに玩具突っ込まれて……  かけられている布団を剥ぎ、下半身を確認する。  下着とスウェットがない。  おそるおそる尻に触れるが、中にアレが入りっぱなし、と言う事はなかった。  その事にはほっとする。  だが、下半身むき出しで寝ていた事実は、妙な恥ずかしさを感じる。  そして、千早に抱かれたのが事実であると実感する。  どうしよう。  俺、どんな顔して千早と顔を合わせりゃいいんだ?  昨日の事を思い出すと、身体中の血液が沸騰しそうだった。  キスされ、ペニスを扱かれ、穴に突っ込まれて。  何度も何度もイかされて。  あれが現実とかまじかよ……  夢じゃなかったのかよ……っていうか、夢、見なかったな……  文字通り頭を抱えていると、寝室のドアがゆっくりと開いた。   「あぁ、よかった。起きてなかったらどうしようかと思った」  現れたのは、綿パンに半袖のTシャツを着た千早だった。  彼はこちらに近づくと、俺に手を差し出した。 「立てるか?」  その手を見たあと千早の顔を見上げ、俺は顔が真っ赤になるのを感じて思わず顔を伏せた。  やべえ、恥ずかしい。  だって昨日、俺はこいつに色々と恥ずかしい姿を見られている。  そんな相手の事、正視できるかよ。 「……どうか、したのか?」  どうもこうもねえよ。  そう言いたいのに言葉が出てこない。  俺は両手で顔を覆い、どうしようかと考えた。  いや、どうしようもないんだけど。  だってここは千早の部屋だし、千早がいるのは当たり前だし、逃げることなんてできないし。  俺は顔を手で覆ったまま、 「恥ずかしいんだよ」  と、言うのが精いっぱいだった。 「何が」 「何がじゃねーよ」  そこで俺は手を外し、顔を上げて千早を見た。  彼は、ベッドの横に立ち不思議そうな顔をして俺を見下ろしている。  その顔を見てやっぱ恥ずかしくなり、俺は顔を伏せた。  こんなに恥ずかしいのか、セックスした後って。  あー、どうしよう。 「変な奴だな。ほら、九時過ぎたし、朝食、食べるだろう?」  そう言われ、俺は腹が減っていることに気が付いた。  九時か。普段ならもう少し早く起きるし、夜中に起きることも多いのに。俺、よっぽど疲れてたんだろうな。 「ほら、早く食べて、昨日の続き、やるぞ」  昨日の続き、とは?  顔を上げると、千早は妖しい笑みを浮かべ、俺を見ていた。  せっかく下着もズボンも穿いたのに。  朝食の後、少し休憩をはさみ俺はベッドに連れて行かれた。   「ちょっと、千早。お前、本気で言ってんの?」  ベッドの上で後ろに手をついて座り、俺は玩具やらを準備する千早に震えた声で尋ねた。 「本気って、何が?」 「俺を番にするって話」 「本気だよ。だからこうしてちゃんと、準備してるんじゃないか。後ろの穴、拡張するために」  にやっと笑い、千早は玩具を持って近づいてくる。  その手に握られていた玩具は、昨日のディルドよりも長く、大きなものになっていた。  確か、昨日のディルドは丸い玉みたいなのが三つだったけれど、今、千早が持っているのは丸が五個連なっている。  まさか、今日はこれ挿れんの?  まじで?  胃の腑が冷える様な感覚を覚え、俺は思わず後ろに下がった。  いや、こんなベッドの上では逃げ場所ねーんだけど。 「お前は、俺の番になるんだよ。だからお前はここにいて、俺が与える快楽に溺れればいいよ」 「快楽って……」 「あぁ、お前は何にも知らないのか。アルファって独占欲が強いんだよ。オメガを手に入れたら、外に出すのも嫌がるし、ずっと部屋の中に閉じ込めたがる奴も多い。実際、俺の父親も、『母』を滅多に外に出さなかったし、『母』もそれを良しとしていた。だから俺はさっさと家を追い出されたんだけどな」  笑いながら言い、千早はベッドに乗って俺に近づいてくる。  そして、呆然とする俺の前で膝立ちになると、俺の顎に手を掛けた。 「だから俺も、できればお前をここから出したくないし、学校にも行かせたくないんだけど、それは嫌だろ?」 「あ、あたりめーだろ」 「だから日中は好きにしていいよ。でも夜と土日はここに来て、この部屋で過ごすんだ」  今こいつ、とんでもないこと言いませんでした?  俺は何を言われたのか、頭の中で繰り返した。  夜と土日はここで過ごす。  って、俺、いったいいつ家に帰れるんだ?   「それってここに住めって事?」 「そうとも言うかもな」  事もなげに言い、千早は俺に顔を近づけてきた。  息がかかるほど近くに、千早の顔がある。二重の優しげな瞳に、端正な顔立ち。この顔なら十分モテるだろうに、何で俺なんだ? 「覚悟しとけよ、琳太郎。俺は絶対にお前を離さない」  優しげな瞳が、野獣のような険しいものに代わり、俺は思わずつばを飲み込んだ。 「俺は満たされるし、お前はあいつを守れる。何も悪いことはないだろう?」  そう言われると何も言い返せず俺は、唇を重ねられても抵抗すらできなかった。

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