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第13話 友達
一限目の授業が行われる講義室に行くと、宮田が前の方の隅に座っているのが見えた。
俺は彼のそばに歩み寄り、
「おはよう」
と声をかける。
宮田は顔を上げ、にこり、と笑った。
「おはよう、結城。この間の休んだ日のノート」
言いながら、宇宙探査機が描かれたノートを俺に差し出した。
変わった絵柄のノートだなと思いつつ、礼を言い、ノートを受け取る。
「昼休みにコピー取るよ」
「わかった。付箋ついてるところがこの間の所だから。にしても、あの後ほんと、大丈夫だったの? 全然既読つかないから、トラブルでもあったのかと思ったよ」
心配そうな声音で言われ、俺は思わず固まってしまう。
金曜日から昨日までの出来事が、どわっと頭の中を駆け巡り、俺は思わず口を押えた。
「結城? 大丈夫、顔色悪いけど」
宮田の声が何だか遠くに聞こえる気がする。
千早に抱かれ、番になれと言われ、有無も言わさずそれを受け入れさせられて。
なんでこうなったんだ?
そう思い、俺は視線を上げ宮田を見る。
彼は不安げな表情で俺を見つめている。
宮田はなぜ、千早を拒絶できたんだろう?
何か理由があるんだろうか?
――宮田が拒絶しなければ俺は……
そんな考えがよぎり、俺は首を横に振る。
違う。そうじゃない。
宮田が拒絶したことと、あいつが俺を抱いたのは……関係なくはないだろうけれど、でも俺は拒絶できなかったわけだしな……
それが俺と宮田の違いだろう。
「結城、本当に大丈夫?」
「え? あ、あぁ、大丈夫だよ」
「……なら、いいけど」
明らかに信じていないであろう声音で言い、宮田は首を傾げた。
「明らかに様子、変じゃない?」
「そ、そ、そ、そんなことねぇよ」
否定する俺の声は明らかに動揺して、きっと、宮田の中で疑惑は深まっていったことだろう。
「いったい何が……」
宮田が言いかけたとき、チャイムが鳴り響く。
「……また、後で話そう」
と言い、宮田は正面を向いた。
少しして教授が入ってきて、講義が始まった。
九十分ある講義中、ずっと集中していられるはずもなく。
教科書を見てノートを取りながら俺はふと、隣に視線を向ける。
集中していられないのは宮田も同じようで、頬杖ついて、シャーペンをくるくると回していた。
ただ普通の大学生活を送りたい。
そんな夢を抱くことになるくらい、オメガって普通の生活と無縁ってことなんだろうか。
千早、言ってたもんな。
アルファはオメガを囲いたがると。
できれば外に出したくないと。
誰にも邪魔されたくないから、子供すら追い出すとかすごい話だな。
てことは、宮田も千早に囲われたら、まともな大学生活を送れなくなるかもしれないのか……
そんなのさすがに辛いよなあ。だから宮田は千早を拒絶してるのかな?
アルファの、オメガへの執着は俺の想像を遥かに超えるものみたいだ。
ふたりきりで過ごしたいからって、千早の親は、実家から千早を追い出してんだからなあ。
まあ、俺も、大学進学するとき家出るかどうかって話は出たけれど。
うちから大学まで一時間弱だし、金がもったいない、ってことでうやむやになった。
千早だって本来なら実家から通える距離なのにな。まあ、あいつの家は金があるからできるのか。
そのためにマンション位、買い与えそうだしな。
『うちに住めばいいだろ』
千早の言葉を思い出し、俺は手を止める。
さすがにそんなのできるわけがない。
千早の家からの方が大学まで近いが、んなことしたら俺の身体がもたねえし、千早の思うつぼだ。
それは嫌だ。
セフレにされただけでも嫌なのに。
……セフレと番て何が違うんだろ。俺からしたらおんなじようなもんだけど。
そもそも俺はあいつと結婚できるわけじゃねぇし。
……て、俺、何考えてんだ。
千早は……友達であって、恋愛感情だとかはねぇよ、俺には。
……じゃあ、あいつはどうなんだろう?
『愛してやる』
なんて言ってたが、それって本気なのか?
偽物の番て言い出したのは千早だし、愛してやる、てのも、偽りの愛情?
あー、俺、何考えてんだ。
俺、千早に愛されたいのか?
いやいや、んなわけあるかよ。
……千早は、友達だ。
それに、この関係は卒業と共に終わるんだから、絶対に好きになっちゃ駄目だろ、あいつの事。
そんな事をゴチャゴチャと考えていたおかげで、全然講義に集中できなかった。
少し早く講義が終わり、辺りがザワつく中、俺は腕を上に伸ばし大きく伸びをする。
あー、疲れた。
「結城」
「え?」
欠伸混じりに答え隣を向くと、宮田が笑ってこっちを見ていた。
「超眠そう」
「あ? あぁ。昨日あんまり寝らんなかったから」
言いながらまた欠伸がでてくる。
「講義長いし、余計眠くなるよね。僕も途中眠くなって、半分話が入ってこなかったし」
「やたらシャーペン、回してなかった?」
「うん、寝ないようにと思ってクルクルしてた」
そんな事を話してる間に、終わりのチャイムが鳴り響く。
辺りの学生たちはおしゃべりしながら、皆立ち上がり、出口へと向かっていく。
「ねえ、結城」
「何」
「あの、例の彼とは何にもないの?」
汚れのない瞳でまっすぐに見つめられると、嘘をつきにくい。
だけど俺は真実など言えるはずもなく、笑って首を横に振るしかなかった。
「な、何もねぇよ。千早とは友達なだけだし」
言いながら、心に鈍い痛みが走る。
友達、か。
それでも宮田は納得した様子はなかったが、それ以上、つっこんでは来なかった。
「なら、いいけど……そろそろ僕たちも移動しようか」
そう言って、宮田は荷物を詰めたリュックを背負った。
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