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第15話 昼休みにカツカレー

 次の日。  目覚めがよく、その事実に微妙な気持ちになった。  俺は憂鬱な思いを抱えながら、八時前に家を出る。  空には雲が広がり、昨日の雨のせいか湿っぽい感じがする。  天気予報曰く、今日は一日曇りらしい。  それでも、いつ雨が降るかわからないので、折り畳み傘はショルダーバッグの中に突っ込んだ。  今夜は遅くなると親に告げ、家を出てきたけれど。  実家住まいのままこの生活を続けるのはきつい。  でも、免許代は自分で稼ぐ約束になっているし、それを考えるとひとり暮らしをして金をためて……はきつい。  引っ越すなら免許を取ってから……早くても夏以降だろう。  ひとり暮らしかあ。  なんとなく現実味を感じない。  いや、でも俺、ひとり暮らしさせてもらえるかなあ。  両親は問題ないだろうけれど、千早は……ダメだ、家を出ようとしたら確実に千早に囲い込まれてしまう。  でも、今の状況で実家に住み続けるのはリスクが高すぎるし……  やばい、俺、どうしたらいいんだ。  そんなことを悩みながら、俺は駅前のコンビニに立ち寄り、サイダーを買いつつフリーペーパーの住宅情報誌を何気なく手にした。  その日の昼休み。  俺はいつものように宮田と共に食堂へ向かった。  普段、宮田は弁当だが、最近だいぶ暑くなってきたため作るのをやめたらしい。 「それに食堂のご飯て、興味あったんだよねー」  そう声を弾ませ、宮田は食券の列に並びながらメニューを見つめている。  ここの食事はまあ、可もなく不可もなく、という感じだ。  まずくなければ、俺としては味はそこまで重要じゃなかった。 「あんまり食べらんないしなあ……うーん……やっぱりカレーかなあ」  などと言い、宮田が選んだのはカツカレーライスだった。  あんまり食べられないとはどういう意味だったのか。  そもそも宮田が普段持って来ている弁当箱は大きめだし、しかも二段だったはず。  半分はご飯とはいえ、けっこうな量だ。まあ、十八の男なら普通かもしれないけれど。  俺よりも十センチ近く背が低く、体重も軽そうなのにどこに消えてんだ、そのカロリー。 「なあ宮田」 「何?」 「お前何か運動でもやってんの?」  互いに料理がのった盆を持ち、席に着きながら疑問をぶつけてみる。 「え? あぁ、バドミントンのサークルには入ったけど。他に運動はやってないよ」 「え、いつの間に」 「言わなかったっけ?」  そう言われると、聞いたかもしれないような……  そもそも宮田は、バドミントンと着付けのサークルで悩んでいたような気がする。 「バドミントンは楽しいし、着付けは……ほら、和服、自分で着られたらかっこいいかな、と思って」  とか言っていたような。   「結城は、サークル入らなかったの?」 「うん、入ってない」  大学にはたくさんのサークルがあり、悩んだ挙句、決められなかったんだよな。  何したらいいのかわからない、と言うのもある。  そもそも俺には夢がない。  いや、楽しい大学生活を送りたい、って言うのはあったけれど。  今となっては何が楽しい大学生活なのかわからなくなっていた。  可愛い彼女がほしいとか思っていたはずなんだけどなあ。  今、俺の思考の大半を占めるのは、千早のことばかりだった。  って、なんで俺はあいつの事ばかり考えてんだ。  それっておかしいだろう。 「結局入らなかったんだ。まあ、それも選択だよね」  そう言って、千早はスプーンでカレーをすくった。   「まあ、そうなんだけどな。やりたいことが見つかんなくって」 「サークルなんだし、そこまで深く考えなくてもいいような気がするけど」  宮田の言う通り、気軽に決めればいいんだが。  どうも俺は、ここぞという場面で物事を決めるのが苦手らしい。   「そうなんだけど、考えすぎちゃうんだよなあ」  言いながら俺は箸を手にして、てんぷらうどんを見つめた。  玉ねぎにエビ、サツマイモなんかが入ったかき揚げ。これ、好きなんだよなあ。   「まあ、サークルって絶対に入んなきゃいけないわけじゃないしね。バドミントンはさ、本当に遊びの延長で気軽にできるし、集まってワイワイやるのが楽しいんだよね」  サークルでの様子を語る宮田の表情から、本当に楽しいのだろう、ということがよく伝わってくる。  楽しい、かあ。  何をしたら楽しめるのかな、俺。   「僕もほら、いろいろあるから、そんなにガチなサークルって難しいんだよね。だから緩いくらいがちょうどいいんだ」  宮田の言ういろいろが発情期を指していると気が付き、俺は顔を上げた。  宮田は、けっこうな勢いでカツカレーを食べている。  つうか、はえーな、喰うの。  俺の視線に気が付いたのか、宮田はスプーンを置き、水の入ったコップを手にして言った。 「どうかした?」 「え? あ、いいや。色々ちょっと聞きたいけどでも、ここじゃあ聞きにくいし……」  思わず俺は、言葉を濁す。  それで察したのか、宮田は水をぐい、と飲んだ後笑って言った。 「あぁ、もしかして興味ある? まあそうだよね。結城の様子からして、周りにいたことないんでしょ?」 「いや、正確には意識したことなかったって言うか……」  アルファもオメガも、確率としては何人か会ったことあるはずだ。  でも、俺が認識しているアルファとオメガはふたりだけだ。  千早と、宮田。  そもそも第二の性の分化は、思春期に起きると言われているから、中高時代では自覚のない者も多いのかもしれない。  それにデリケートな内容であるため、わざわざ聞きもしないし。   「宮田って、なんていうかそれっぽくないからさ」 「あー、そうかもね。自分じゃよくわかんないけど……」  と言い、宮田はスプーンを手にし、大口を開けてカレーを食す。  俺もメシ、喰わないと。  うどん伸びるよな。  俺は慌てて器に箸を突っ込んだ。 「ねえ、結城って何曜日暇?」  俺より早くカツカレーを食べ終えた宮田は、スマホを手にして言った。 「え? 何曜日……」  そう言われると答えに窮する。  大学に、アルバイトに、千早。  答えに窮していると、宮田はスマホを見つめたまま言った。 「僕、週末はバイト入ること多いんだよね。平日はまちまちなんだけど。時間合せてうちこない? うちならほら、人目気にせず話せるでしょ?」  スマホから目を離し、俺に向けた宮田の笑顔はとても爽やかで……なぜか心にぐさり、と刺さる。  なんなんだ、この感情は。  自分の中にある感情の名前などわかるはずもなく、俺は急いでうどんを食べきると、スマホを開いて予定を確認した。  って言っても、俺の暇な日は金曜日しかないけれど。  どうする俺。  互いの予定を突き合わせた結果、二週間後の金曜日、大学の後、宮田の家に行くことになった。  二週間後と言えばもう六月だ。いまよりさらに暑くなってるだろうな。 「引っ越してきて人を呼ぶの初めてだから、楽しみだなあ」  と、声を弾ませて言いながら、宮田はスマホをしまう。  宮田の家に行く。それは俺としても楽しみではある。  宮田にはいろいろと聞きたいことがある。  何で宮田は千早を拒絶しているのか。  そのせいで俺はあいつに……  浮かんだ考えを打ち消そうと、俺は思わず首を横に振った。   「どうかした?」  不思議そうな宮田の声に、俺はひきつった笑いを浮かべ、なんでもないよ、とだけ答えた。

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