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第44話 ひとの部屋
いつの間にか眠っていた。
目を開けてあたりを見回し、見慣れない部屋に戸惑う。
――あ、ここ、瀬名さんちだっけ。
徐々に脳が覚醒し、眠る前に何があったのか思い出す。
やべえ、色々ありすぎてわけわかんねぇ。
喉の渇きを覚え、そして、口付けられたことを思い出し顔中の体温が上がっていく。
ほんと、なんなんだあの人は。
でも、助けられたのも事実だし……いや、でもそれとあのキスは別問題だ。
ストローがなかったんだろうけど、他に何かあるだろう。何かはわかんねぇけど。
俺は、身体を起しソファーの前にあるテーブルに置かれた、水のペットボトルに手を伸ばす。
ふたを開けて口をつけてから、これ、瀬名さんが飲んだやつだと思い出した。
……もう、今更か。動きたくねぇしな。嫌だ、という思いよりも、もったいない、という思いの方が勝り、俺はそのまま水を飲み続けた。
五百ミリのペットボトルの中身は、あっという間になくなってしまう。
やべえ、超喉渇いてた。
俺は息をつき、辺りを見回しショルダーバッグを探す。
バッグはテーブル横に置かれていて、俺は立ち上がり、そのバッグの紐を掴んで引き寄せた。
そして、バッグの中からスマホを探し当てロックを解除する。時刻は十四時を過ぎたところだった。
結局、過呼吸ってなんだよ?
そう思い検索してみると、過呼吸はストレスや不安、過労などをきっかけに起こる発作らしい。
息が苦しくなったり、胸が痛くなったり、めまいがしたりすると書いてあった。
始めて知ったぞ、こんなん。
だから瀬名さんは、ストレスがどうの、って言ったのか。
瀬名さんの話、俺、そんなにストレス感じたのか……?
とりあえず、なんかの病気、てわけではなさそうなので、そこは安心した。
スマホを閉じ、改めて室内を見る。
本が好きだ、と言っていたけど、本の数がほんと多い。
一般書のほか、ライトノベル、医学書もあるようだ。
すげぇなこれ。
正直憧れる。
こんなに家に本、置けねぇしな……羨ましい。
千早といい、瀬名さんといい、いいところに住んでるよな。
駅近くのマンションなんて、家賃いくらだよ。
広い部屋にひとりきり。しかも、瀬名さんの部屋。
主のいない部屋にひとりって落ち着かねぇ。
しかも、あの人、人が苦しんでるってのに……
キスされたのをまた思い出してしまい、俺はその記憶を消し去ろうと首を横に振る。
忘れよう、こんなの。
この部屋、芳香剤だかの匂いはするけど、アルファ独特の匂いとかあるのかな?
やべぇよ絶対、千早にバレるよなあ……匂いで。
宮田の部屋に行っただけで、俺に匂いがついたわけだろ?
部屋に来て、しかも抱きしめられるわ、キスされるわ。そんなん、絶対匂い濃くなるよな。
たぶん。
どうしよう、浮気したわけじゃないのに、浮気した気持ちになってきたのなんでだよ。
頭を抱え、わけがわからなくなりとりあえず俺はソファーに再び寝転がる。
考えてたら頭痛くなってきた。
俺、なんで瀬名さんに振り回されてんだ?
誘いにのらなきゃいいんだよな。
……いいや、無理だな。俺よりあの人の方がずっとうわてだ。
断ったとしてもあれやこれやと理由をつけて、断れなくしてくるに違いない。
今日みたいに。
貞操観念がどっかおかしいこと以外は、まともなこと言ってると思うしな……
だから俺、瀬名さんに誘われても断れねーんだろうな。悪く思ってるわけじゃねぇし。
……でも、キスはどうかと思う。
あの人にとってはどうってことのないことかもしれないが、俺にはおおごとだ。
しかも舌までいれてきたぞ。
あー、考えてたら恥ずかしくなってきた。
俺、どんな顔して千早と瀬名さんに会えばいいんだ?
……て、なんだこれ。
何これ、三角関係?
いやいや、そんなのいらねぇよ。
俺、一般人 !
なんでアルファに挟まれるんだよわけ分かんねぇよ。
……あー、頭痛い。
静かな瀬名さんの部屋でしばらくぼんやりし、いつ帰ろうかと思い始めた頃。
スマホにメッセージが届いた。
相手は瀬名さんだった。
『まだ部屋? 落ち着いた?』
『お疲れ様です。まだ瀬名さんの部屋です。まだ頭痛くて……すみません』
そう返信すると、すぐに返信がくる。
『辛いならそのままいても大丈夫だよ。早く帰ろうか?』
それはもう、何されるかわからないから遠慮したい。
『大丈夫ですありがとうございます』
『そのほうがいいかもね、ふたりきりだと僕、君を抱きたくなるかも』
と、本気なのか冗談なのかわからない返信がきて、なんと返せばいいかわからず、俺はそのままスマホを閉じた。
なんなんだ、今の。
そういえば、瀬名さん、バイト行く前にもなんか言ってたような?
……なんだっけ。
どうも頭がすっきりしない。
このままここにいるのはどうかと思うので帰ろうとは思うけど、どうする?
千早にメッセージ……いや、なんて送る?
迎えに来て?
……どこに。
ここから駅まで大した距離じゃないけど、歩いていくのはちょっときついかなぁ。暑いし。
どうしよう、俺。
悩み抜いてそして、俺は駅まで歩くことに決めた。
それから千早にメッセージを送ろう。そうしよう。
今から歩いて、駅に着くのは十五時半位かな。
暑いだろうなあ、外。
近くに自販機くらいあるよな。飲み物買わねぇと。
空になったペットボトルをそのままにしておくのは嫌で、バッグの中にしまう。
そしてゆっくりと立ち上がり、帽子を被って瀬名さんの部屋を後にした。
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