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第46話 落ち着く

 見慣れた千早の部屋のベッドの上。  瀬名さんの家よりだいぶ落ち着くが、ベッドの上でいつも何をしてるのか考えると、腹の奥が疼いてしまう。  けれど、今、千早はそばにいない。  殺風景な寝室にひとりきりだ。  パンケーキ食いに行って、瀬名さんの話を聞いて、過呼吸起こして、瀬名さんの家に行って、キスされて。  なんなんだ、今日は。  あぁ、そうだ。  瀬名さんにお礼伝えないとなあ……  あとでいいか。  今この部屋から、瀬名さんにメッセージを送る気持ちにはなれなかった。さすがに千早がいる場所で送るのはためらってしまう。  にしても俺、どうしちゃったんだろうなあ。  過呼吸って、ストレスや不安から起こるものだって書いてあったけど。  原因がよくわからない。  俺は何にストレス感じてるんだ?  ……あ、考えたらまた痛くなってきた。  今日は変だ、俺。   「琳太郎」  足音と共に、声が近づいてくる。  名前を呼ばれただけで、身体の奥底が熱くなってしまう。  何だよこれ。何で俺の身体は反応してるんだ?  千早はベッド横までくると、その場に膝を付き、 「大丈夫か?」  と言い、俺の頭を撫でた。  瀬名さんといい、千早と言い、俺の頭をやたらと撫でるの何なんだ。  ……でも、ちょっと気持ちは落ち着くかもしれない。  過呼吸のこと調べたとき、対処法のひとつに抱きしめる、って言うのがあったっけ。  俺は撫でる手を掴み、千早の顔を見る。  彼は驚いた様子で固まってしまう。 「千早」 「え、あ、何」  心なしか、声に動揺が見えるけど、こいつどうかしたのか?  まあいいや。 「ちょっと、そばにいて欲しい」  それでこのよくわからない胸の痛みが治まったらいいけれど。  そう思って行ってみたんだが、なんだろう、千早はすぐに動かない。 「わかった」  と呟き、俺の手を離し隣に横たわる。  いつもはくっついてくるくせに、なぜか少し離れて。  何してるんだ、こいつは。  俺は千早に身体を近づけて、その背に手を回し胸に顔を埋める。  この匂いは、柔軟剤だろうな。  俺がわかる、千早の匂い。 「り、琳太郎?」 「こうすると、落ち着くってなんか書いてあったから」 「まだ、身体、よくないってことか?」 「あー、うん、たぶん」  自分でも原因がわからないので対処法がわからない。  何があったんだろうか、俺の身体、俺の心。  ……この一か月で色々あり過ぎたからかな。  頭の中がぐちゃぐちゃだ。  オメガとかアルファとか、運命とか。  千早の背に回した手に力を込める。 「琳……」  戸惑いの声の後、俺の背中に手が回る。   「色々あって疲れてるかも。眠くなってきた」  言いながら俺は欠伸をする。  さっきも寝たのにな。   「今寝ると、夜眠れなくなるぞ」 「あーそうだよなあ。それはそれで困る」  言いながら俺は顔を上げて千早の顔を見る。  ……何だろう、気のせいか千早の顔、紅い気がする。  気のせい、だよな?  不思議に思いつつ千早の顔を見ていると、手が後頭部に触れ、顔が近づいてくる。 「琳」  名を呼ばれ、唇が触れる。  そんな事、今ここでされたら身体の奥底がまた疼きだしてしまう。  触れるだけのキスを繰り返され、俺は堪らず自分から舌を出して、もっと、とねだる。  その舌に千早の舌が絡まり、吸われ、じゅる……と音を立てていく。   「ちは、や……」  キスの合間に名前を呼ぶと、千早の苦しげな顔が視界に映る。 「……そんな目で見られたら、もっと欲しくなる」  あぁ、そうか。  俺が体調悪いから、千早、我慢してるのか。  確かに、布越しにアレが膨らんでいるのが嫌でもわかる。 「ご、ごめん……俺、そんなつもりじゃあ」  考えてみれば、千早と顔を合わせればセックスしてばかりだ。  食事に行くくらいで、どこかに出掛けることはほぼない。  いつだったかのショッピングモールくらいしか、まともな外出してねえよな。  もっとしたい気持ちと、でも体調はあまりよくないから、そんなのしてはいけない、という想いが俺の中で拮抗している。 「だから、離れていたんだ。抱きたくなるから」  そして千早は、強く俺の身体を抱きしめる。   「それは、ごめん……その、そばにいて欲しい、って思ったから」  この痛みをどうにかできるならって思ったんだけど。  千早にとってはきつい試練だったのかもしれない。  おかげでだいぶましにはなったけど。   「だからそれが……」  切羽詰った声で千早は言い、黙ってしまう。  だから、ってなんだろ?  わかんねえな。   「だいぶましにはなったから、ありがとう、千早」  そう笑いかけると、千早は顔を真っ赤にする。  ……て、え?  大丈夫か、こいつ。 「と、とりあえず、夕飯は。喰えそうなのか?」  ずいぶんと千早の声は動揺しているように聞こえる。  不思議に思いながら、俺は腹に手を当てた。  思えばパンケーキ以降何も食べていない。  そう思うと腹が鳴る。  なんかがっつり喰いたいな。 「超腹減った」 「な、なら、肉でも行くか? ステーキでも、焼き肉でも」 「そこまでは……俺は、ハンバーグがいい」  てっきりデリバリーを頼むのかと思ったら、車で外に連れ出され、レストランに行くことになった。  十八時前で店内はまだ混みあう前だったため、すんなり座ることができた。  メニューを頼んだあと、千早は手で顔を覆い、深くため息をつく。 「あんなの無理だ」  と、呟いた気がするが、何が無理なのか聞いても教えてはくれなかった。

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