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第47話 大事に
その週末は、千早に抱かれることはなかった。
俺の体調を気遣っての事だろう。
一緒に寝たい俺と、寝るのは無理だ、という千早と少しケンカになったが、結局千早のほうが折れた。
思い返してみたらだいぶひどいことをしたような気がする。
だいぶ我慢させちゃったんじゃねえかな。
キスもしてこなかったもんなあ……こんなの初めてだ。
穏やかな日曜日をだらだらとしたおかげでだいぶ体調も良くなり、夕方には家に帰った。
外は雨が降り、気温は高くジメッとしている。
夕食後、自室のベッドに座り、スマホを開く。
瀬名さんにちゃんとお礼伝えないと。
何も言わずに部屋、出て来ちゃったし。
毎日一度は来ていたメッセージ。
今日はまだ一度も来ていない。
いつもの習慣が途切れると落ち着かない。
俺はメッセージを入力し、瀬名さんに送りつけた。
『遅くなってすみません。昨日はほんと、ありがとうございました』
普段ならすぐに既読が付くのに、その時は付かなかった。
どうしたんだろう?
そう思いつつ、俺はスマホをベッドに置き、パソコンで音楽をかけて本を開く。
新発売の漫画の単行本だ。依頼人が妖怪で、変わった依頼事を解決していく探偵ものだ。
ベッドに寝転がり漫画を読んでいると、スマホが光っているのに気が付いた。
あ、瀬名さんかな、と思い、俺はスマホを手に取る。
予想通り、相手は瀬名さんだった。
『落ち着いたの?』
とだけ書かれている。
『はい、なんとか。ありがとうございました』
『何度か繰り返すかもしれないから、気をつけなよ』
『ありがとうございます。お礼はいつかしますから』
そこからまた既読が付かず、俺はスマホを置いて漫画に目を落とす。
漫画を読み終えた頃、スマホが光っていることに気が付き、俺はスマホを開く。
どうしたんだろう、瀬名さん。いつもは即レスなのに。今日はずいぶんと間が開く。
『お礼……してくれるの?』
と書いてあった。
なんだろう、この意味深な感じ。
そりゃ、あれだけ世話になっておきながら、何もしないのは人としてどうかと思う。
……変なこと、言ってこないよな、瀬名さん……
あのキスを思い出すと、ちょっと警戒してしまう。
いや、お礼と言いだしたのは俺ですけれども。
『そりゃ、あれだけお世話になりましたし。まあ、俺にできることならですけど』
そう返すと、すぐに返事が来た。
『七月二日土曜日、君、休みだよね?』
確かにそうだ。そこは他のバイトが日曜日シフトを変わってほしいと言って来て、交換したんだ。
『僕、その日は朝からで、夕方からあくから、夕飯付き合ってほしいな』
夕飯。
それくらいならまあいいか……
『夕飯行くだけなら』
そう返すと、万歳、しているスタンプが返ってくる。
『僕、六月三十日が誕生日なんだ』
え?
そう言われるとちょっと意味変わるぞ。
誕生日当日じゃないけど……それ言ってくるってことは、絶対意味あるよな?
『当日はほら、何にもする余裕ないし、金曜日は実習あるから無理だし。だから土曜日に何かしよう、って決めてたんだよねー。よかったー。ホールケーキひとりで食べることになるところだったよ』
おい、ちょっと待て。
そういう大事なことは最初に言えよ!
つまりあれか?
誕生日のお祝いに、俺を巻き込もうって事か?
なんで?
『そういうの、俺以外にいい人いるでしょうが』
『まあ、いなくはないけどねー。今年は君、って決めたんだよ』
なんでだよ?
君に決めた的なノリで何言ってるんだこの人は。
焦るがでも、今更断れるわけもなく。
七月二日土曜日、十七時半に駅前で待ち合わせすることになってしまう。
……これって、プレゼント用意した方がいいのかな?
そう思い震える手でメッセージを入力して送ってみる。
『プレゼント……いります……?』
『僕は君との時間を貰えればいいよ』
と返ってきてしまい、何も言えなくなりそして、俺はスマホを閉じた。
俺、瀬名さんの手のひらの上で転がされてねえかな?
……なんでだ。何で俺なんだよ。
分かんねえ。
そして俺は、頭を抱えた。
翌日。
昨日から降り出した雨は今日もまだ降り続けている。昼には晴れるらしいが、俺の心は天気と同じ雨模様だった。これはしばらくやむ気がしない。
大学に着き、大きな講義室で俺は、ため息をつき机に突っ伏した。
「……ど、どうしたの?」
隣に座る宮田が、心配げに声をかけてくる。
「えー? なんか色々あり過ぎて疲れたっつーか。俺の運命どうなるんだろう、っていうか、俺の幸せってどこにあるんだろうって言うか」
「ちょっと大丈夫? 疲れる通り過ぎて病んでる?」
病んでる。
その発想はなかった。
でも何に病んでるんだよ、俺。
「この間の話とかすごい気になったけど……ねえ、結城。自分の事は自分しか大事にできないんだからね」
自分しか大事にできない。
宮田の言葉が、耳の奥で繰り返される。
俺、自分の事、大事にできてるんかな。
あ、自信ないかも。
そんなこと考えたことねえもん。
自分を大事にかあ。
大事にできてたら、過呼吸なんて起こしてねえかな。
もやもやしているうちにチャイムが鳴る。
俺は身体を起こし、講義の準備を始めた。
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