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第61話 なにを運命と呼ぶのか
七月十日日曜日。
家で迎える久しぶりの日曜の朝は、変な気持ちだった。
今日は、昼から宮田と買い物に行く。
渡せるか渡せないかわかんねぇけど、千早にプレゼントを買おうと決めた。
誰が何と言おうと、その決意は揺るがない。
千早からは相変わらず連絡はないし、俺も連絡できていない。
連絡したい気持ちと、していいのかわからない気持ちがごっちゃとなって、アプリを開けても、メッセージを入力するまで至れていない。
外を見る。
今日の空は白い雲が覆っている。
スマホが教える天気予報曰くまだしばらくは曇りや雨が続くらしい。
その割には気温が高く、今日は三十度を越えるとか。
いやまじふざけてるだろう、天気。
梅雨終わらねーかな早く。
この湿気が纏わりつく感じ、好きじゃねーんだけど。
朝食の後、俺は課題をやって過ごし、お昼を食べて十四時前に家を出て、駅に向かった。
じめじめして暑い。
最寄り駅にある温度計が、三十度越えを教えてくれる。
電車に乗って、待ち合わせに場所に着くのは十四時四十五分くらいかなあ。
待ち合わせは宮田がバイトしている、駅西口の家電量販店前だ。
十四時半にはバイトが終わるらしい。
電車に揺られて待ち合わせの駅に向かう。
中途半端な時間だから、混んではいなかったけど、着いた先の駅は人が多かった。
駅周辺には大きな商業施設が多いから、週末の人出は半端ない。
約束の西口近くの家電量販店前に着く。
巨大なこの量販店は、家電だけじゃなく、ゲームや玩具、レストラン街もあるので、高校のとき時々来ていた。
壁面の巨大モニターに、アーティストのMVが流れている。
どうやらランキングらしい。
最近、こういう音楽聞かねえなあー……
そんなことを思いつつ、俺は画面を見上げた。
俺の周りをたくさんの人が通り過ぎていく。
そんなのは気にせず俺は、ランキングに見入っていた。
「結城ー!」
耳慣れた声に、俺は首を左右に振る。
店の中から、黒の綿パンに白い半そでワイシャツ、それにリュックを背負った宮田が駆けてくる。
「お待たせ!」
「あぁ、お疲れ。わりぃ、急に誘って」
「いいよ、別に。で、どこに行くの?」
ニコニコと笑って言われ、俺は押し黙る。
やべえ、考えてなかった。
……どうする俺。
何あげたらいいんだ、俺。
焦る俺の顔を見た宮田は、首を傾げて言った。
「もしかして、ノープラン?」
「え、あ……まあ……」
「ねえ、何買いに行きたいの?」
言いながら、宮田は一歩、俺に迫ってくる。
迷い、悩みそして、俺は下を俯き答える。
「誕生日の、プレゼント」
「誰の?」
「……千早」
「そっか、じゃあ、とりあえず東口行こうよ。あっちならデパートもあるし、モールもあるから歩き回れば何か見つかるでしょ?」
と言い、宮田は俺の腕を掴みどんどん歩き出す。
てっきり何か言われるのかと思ったけど、何も言わない。
あれ?
なんか違和感がある。なんだろう、この違和感は。
「ちょっと……宮田」
「何。プレゼント買うんでしょ? っていうか、彼、誕生日近いの?」
「あぁ、七月二十三日」
「再来週の土曜日かあ。でも、会えそうなの?」
そう言われると、今はまだ、自信が無い。
「わ、分かんねえけどでも……買いたい気持ちは、あるからさ」
「じゃあ、買おうよ。でも彼、何がいいのかなあ」
それがわかれば苦労しない。
「僕、四月が誕生日だったけど、妹には花貰ったよ。弟からはペンのセットだった」
楽しそうに宮田が言った。
「あれ、宮田、そんなに兄妹いんの?」
「うん。弟は高校生で、妹は……小学生だよ」
「……すっげー、歳離れてる?」
でも、三人兄妹なら普通か……
「うん。可愛いよ、ふたりとも。時々連絡取ってるんだけどね」
と言って、宮田は寂しげに笑う。
……なんだろう、この違和感。
宮田は一瞬下を俯いた後、大きく息を吸い一気に言った。
「ふたりとも、僕の事は知らないんだよね」
「知らないって何を」
「オメガってこと」
そう言って、宮田は俺の方をちらり、と見た。
「お父さんが、僕の事受け入れられてなくってさ。それで、お父さんから口止めされてて。まあ、妹は仕方ないと思うけど、弟は……二つしか離れてないし、気が付いてるかもだけどでも……伝えたことはないんだよね」
俺は何も言えず、黙って宮田の話を聞くしかできなかった。
「僕さ、初めての発情を学校で迎えちゃって、それで周りにばれちゃってさ。もう、腫物を扱う様な状況になっちゃって。僕は普通でありたかったんだけど、周りは違ってて。子供って異質を嫌うよね。それでも気にせず付き合ってくれる子は何人かいたけど。でも修学旅行にも行けなかったんだよね」
あぁだから、普通の生活を送りたいって、最初言っていたのか。
掛ける言葉もない。
「だからね、大学では普通に過ごしたいって思ったんだ。オメガとかそんなの関係なく、普通でありたかった。だから僕、彼に囚われるわけには、いかなかったんだよね」
言いながら宮田はまっすぐに前を向く。
「ねえ、結城」
「え? あ、何」
「この間、僕、彼に会ったんだよ」
彼、とは?
そう思い、俺はしばらく考えた。
彼……彼……
「え、あ……ち、千早?」
「そう、秋谷千早」
わかった、違和感の正体。
宮田は、千早を怖がっていたはずだ。
なのに……今はそんなそぶり、欠片も見せない。
何があったんだ?
話している間に、ショッピングモールの前にたどり着く。
郊外の物ほどではないが、そこそこ大きなこのショッピングモールなら、何か良さげなものがあるかもしれない。
……何買うか決めてねえけど。
「それより、何話したんだよ、千早と」
「色々。主に君の事だけど。許せなかったからさ。彼と、僕自身を」
そう言って宮田は立ち止まり、真面目な顔をして俺の方を見た。
「僕は僕が許せないって。彼がした事も。前はね、僕、彼を前にすると怖くて仕方なかったんだ。縋りたくなるし、欲しくなるから……でも、この間会ったときは、そんな感情なくなってた。それは向こうもいっしょみたいでさ。魂が震えるほど、強い引力で惹かれていたはずなのに。この数か月で変わったのかな」
この数か月で運命が変わった?
そもそも運命なんて変えられるのか?
っていうか、運命って何なんだ。
「僕が彼を拒否して、その事で彼は運命に抗わざる得なくなって……それに君を巻き込んで。それで何か変わったのかもね。すごい強引で、すごい犠牲が大きいと思うけど」
「宮田」
「何」
「運命って、何だと思う」
深い考えもなく、俺は疑問を口にする。
この数か月、俺を、俺たちを苦しめてきた言葉。
運命はどうやって作られるんだろ?
「えー? 運命ってさ、結果論だと思うんだよね」
言いながら、宮田は腕を組む。
「いろんな物事は偶然の積み重ねでできるものだけど、起きてしまえばそれは必然になって、それが運命って名前になるんじゃないかなあ。それを思うと、オメガとアルファの運命っておかしなものだよね。先に結論があって、過程があとからだから」
偶然の積み重ねを必然と呼び、それを運命と呼ぶ、かあ。
千早と宮田が出会いは「運命の番」と言うもので定められていたのかもしれない。
けれど俺と言う存在があったことと、宮田の拒絶によりその運命は狂い始め、別の運命を作っていった……?
偶然なんだろうけれど、起きてしまえばそれは必然となり、運命となる。
だから千早が俺を運命の相手だとできる、のか?
「僕らはあらかじめ決められていた運命に抗い、別の運命を掴みとれたのかな……そうなっていたらいいんだけど。もしさ、どちらかだけが運命に縛られたままだったら、すごい不幸だよね」
不幸って言うか、壊れるんじゃねえか?
……宮田に拒絶された、千早みたいに。
「なあ、宮田」
「何?」
「千早、様子どうだった?」
「え?」
今の俺が一番気になることはそこだった。
あいつ、大丈夫だろうか。
……大丈夫じゃ、ねえよな。
「話しているときは普通だったけど。僕と話してるときも結構淡々としていたよ。内面はどうかわかんないけど」
だろうな。
弱ってたとしても、そんなの宮田に見せるとは思えねえし。
でも……運命から逃げられたのならば。
俺は……
「話したのはこの間の木曜日でさ、だからあの時、結城に抱き着いて離れられなくなったんだよね。超緊張してさ」
「なんで言わなかったんだよ?」
「あんな調子悪そうなの見て言えるわけないじゃないか」
真顔で言われ、俺は口を閉ざす。
確かに木曜日ってそんなに体調良くなかったような……
それに比べたら、今日はだいぶましだ。
千早の事、まともに話せてる。
連絡、今ならとれるだろうか?
……まだ、早いだろうか。
俺の心にはまだ、僅かに迷いがあった。
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