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そして、真っ先にこうとも思った。 この人を怒らせてはいけない、と。 「ま、僕の髪色は置いておいて」と伊織は咳払いをして、話を続けた。 『身体が悪かろうが、髪を染めるぐらいは出来るだろ』と言って、すぐに道具を持って、彼をトイレに連れて行き、ためしに一房分染めて上げた。 "彼のために出来ること"が出来たと、内心喜んで。 "あの人"はしばらく鏡を見つめていたが、『……素敵』と呟いた。 『あ? 何か言ったか?』 『ありがとう』 伊織の耳には届かなくて、そばに近寄った時、こちらに振り返った"あの人"は、はにかむように笑ったのだ。 その瞬間、心臓が飛び出しそうなぐらい高鳴った。 なんなんだ、この気持ちは。 わけが分からない。 『伊織、なんで顔を赤くしてんの?』 『……っ! ま、·····~~!!』 バッと"あの人"から顔を逸らし、口元に手の甲を当てた。 顔が赤い? 自分でもそれは気づかなかった。 なんでそんな反応をするんだ。 今、この間でも、鼓動が速く打ち続けている音がうるさくもあるし、少々吐き気を覚えていたりもする。 なんなんだ、本当。 混乱する伊織を知らずに、"あの人"が顔を覗き込む気配を感じつつ、『どうした〜』と茶化すような言い方に、何か言い返そうと、勢いで振り向いた。──その時。 次の授業を促すチャイムが鳴り響いた。 自分はそこまで授業に固執してないが、彼はなかなか授業に参加出来てないのだから、行きたいはず。 だから。だが、鳴っている間、声を出さずに口の動きで何かを言っていた。 あの時の自分では、読解が出来なかったし、その時は、この理解出来ない気持ちが何なのか、はっきりと分からずじまいであった。 鳴り終わったのと同時に、にっこりと微笑む彼に見惚れてしまっていたことは、憶えていた。 後々のことを思うと、この時に理解出来ない気持ちがはっきりと分かって、彼があの時、何を言っていたのか分かれば良かったと、深く後悔することとなった。

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