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<2> 一人で編
俺にとって、生まれる前から運命の人だったんだ。
俺は宮内智樹と三澄智樹の間に生まれた。
「父さん」
物心ついた時から、この綺麗な人のことが好きだった。いつからかなんて覚えてない。生まれた時からだ。
「大好きなお父さん」から「触りたい」「キスしたい」に発展するまで、そう時間はかからなかった。まるで最初からそうなるのが決まっていたみたいに……成長するにつれて、気持ちは自然に動いた。
「好きだ」
十四歳、中学二年生の時に告白した。その日は春休み前で、午前中で学校が終わって……「おかえり」と出迎えた父さんにその場で言った。
「家族としてはもちろんだけど、その……さ、触ったりも……したい」
本当はもっと、子供の頃の思い出の場所とか、海が見える綺麗なところとか、ロマンチックなシチュエーションで言いたかった。
なんでもない普通の日。一秒前まで告白しようなんて思ってなかったのに、いつも通り笑って出迎えてくれる父さんを見たら……いつだって俺を無条件で愛してくれる父さんを見たら、胸がぎゅっとなって……勝手に口が動いていた。
俺の大好きな人は、大きく目を見開いて、
「……、ん」
そう言って居心地悪そうに目を伏せた。……耳が少し赤い。
「……驚かないの?」
「いや……お前が、生まれる前から……、……」
そこで言いよどむ。俺が生まれる前から?
「なに?」と催促すると、やっぱり観念したみたいに目を逸らして言った。
「……トモに言われてたから」
「トモ兄が? なんて?」
「……この子は絶対、俺と同じように智樹さんのこと好きになるよ……って」
まだお腹の中の子の性別がわからない段階で、「きっと男の子だと思う」と言った、とも。
……へえ。トモ兄にはわかってたってことか。何もかも見透かされているようで、俺は一生トモ兄には勝てない、って言われてるみたいで……爪が食い込むくらい、ぎゅっと拳を握りしめた。
俺が小さかった頃から、月に一回、父さんとトモ兄が泊まりで出かけることがあった。
泊まって次の日の昼に帰ってくることもあれば、朝から出かけていって、日帰りで夜遅く帰ってくることもあった。
二人が出かける日は、決まってトモ兄の会社のリョウさんと、その恋人の爽太さんが家に来てくれて、泊まりがけで俺と遊んでくれた。逆に俺のほうがお風呂の沸かし方とか、家のことを教えてあげたりして。
小さい頃、いわゆる……両親がそういうことをしてる現場に遭遇したことは一度もない。父さんのことをあれだけ溺愛しているトモ兄が我慢するなんて、無理な話だ。
今思えば……月に一回の逢瀬だったんだろう。父さんは子供に……俺に、トラウマを作らないよう、徹底してくれていたんだと思う。
「行ってきます」と言ってトモ兄と玄関を出ていく父さんを見るたびに、胸がざわざわしていた。俺は子供ながらに、二人が秘密めいたことをするために出かけていくことに気づいていたんだと思う。
あのトモ兄が家の中で一度も暴走しなかったなんて、奇跡に近い。父さんがよほど厳しくしていたか、厳格に決まりごとを作っていたんだろう。その分、月一のお出かけ……ラブホテルでやりまくってた、って……そのことを考えるたびに、悔しくて辛くて、腸が煮えくり返りそうになるんだ。
「座れ」
過去に飛んでいた意識が引き戻されて、ハッと顔を上げる。……怒られるのだろうか。フラれるんだろうか?
「ケーキ買ってきたけど食う?」
そう言いながらお湯を沸かして、冷蔵庫を開けた。シンプルなお皿に乗ったモンブランが出てくる。……俺の好物だ。
「……メゾン行ったの?」
「そ。さっき市役所の帰りに商店街通ったからさ。今日お前早く帰ってくるんだーと思って」
メゾンとは駅前の商店街の中にある、俺の好きなケーキ屋の名前だ。小学生の頃から、誕生日はいつもここのケーキがいいとねだっていた。
誕生日だとかクリスマスだとか、特別じゃない日でも……「俺が好きだから」って理由だけで買ってきてくれるのが嬉しくて、胸がじーんとあったかくなった。
父さんは授業参観、クラスの発表会、学校行事には必ず来てくれたし、運動会で勝っても負けても、
「すげえかっこよかった」
「樹生、頑張ったな!」
「いつき、すごいな」
そうやっていつだって名前を呼んで抱きしめて、俺を安心させてくれた。
どんな自分でも、背伸びしなくていい、そのままの自分でいいんだってことを教えてくれた。
たとえ勝てなくても、テストで満点取れなくても、一生懸命やればこの人は抱きしめてくれる。「八十点以上じゃないとお母さんに怒られる」と言っているクラスメイトもいたけど、俺はそんな不安を持ったことはなかったし、そんなことを言う他の家のお母さんのことを不思議に思っていた。
「……父さん」
「ん、うまい」
父さんはお菓子はクッキーとかパイとか、サクサクしたものが好きなので、自分の分のタルトも出してきて食べている。うまいと言っているけど、ちょっと表情が……固いような気がする。
「……俺にも時間をくれよ」
フォークを口に入れる合間に聞こえてきた、小さな声。
「お前のこと、子供だなんて思ってないよ。ちゃんと考えてるからさ」
俺の目を真っ直ぐ見ながら言ってくれた。それを聞いてハッとする。
俺は……自分がこうしたい、父さんに触りたい、トモ兄に勝ちたい、ということしか考えていなかった。早くトモ兄に追いつきたくて……焦ってる。父さんにも覚悟が決める時間が必要だってこと……考えもしなかった。
「十八まで……」
告白の返事の気配に、首が折れるんじゃないかと思う勢いで顔を上げた。
「十八まで、俺のことが好きだったら……」
……そこから続きが出てこない。しかし、拒絶の言葉も出てこない。
「……いいの?」
「断っても、諦めないんだろ……お前」
視線は逸らされない。俺が本気かどうか、推し量ってるようにも見える。
父さん以外の人間に興味も価値もない。それは今も、十年後も、五十年後も、一生変わることはない。本気だってことが少しでも……一パーセントでも多く伝わるように、俺も目を逸らさずにじっと見つめ返した。
それから十八歳になるまで、指折り数える日々が始まった。
春休みのある日、朝起きると、父さんが洗濯してるところに出くわした。タオルや色ものは別で洗うからか、違うカゴに避けている。
「おはよう」
「おはよ。お前、なんか急ぎのもんある? あれば一緒に洗っちゃうけど」
父さんはあれから、表面上は特に何も変わらなかった。少しでも近くで話したくて、「顔を洗う」という口実をでっち上げて近づくと、ふわっとミントの香りがした。
「父さん? ガム噛んでる?」
ん、と相槌だけで返事したと思うと、突然「あ!」と叫んで天井を見つめた。「マット洗わなきゃ」と俺の横をすり抜けてリビングに行こうとする……その手を掴んだ。
「? なに……」
俺が一歩踏み出すと、警戒していなかった身体は簡単に壁にぶつかった。
……そのまま少し背伸びして、押し付けてキスする。舌を探ると、すぐにぐにゃぐにゃしたガムが見つかった。口の中全体がミントの……スーッとした味がする。離すと、驚いた顔をして俺を見つめていた。
鼻がくっつく距離で目を合わせたまま、口の中に入れたものを咀嚼する。……噛み始めたばっかりだったのか、まだカリカリしたところが残ってる。「父さんの唾液が染み込んだものが俺の中にある」と意識した途端、ブワッと下半身が重くなった。
「っ……」
俺は走って、今出てきたばかりの自分の部屋に戻った。
「はあっ、はあっ、はっ……」
部屋着をトランクスごとずり下げると、勢いよく勃起したものが出てくる。口の中のものを味わいながら、夢中で擦った。
「はっ……ん、ん……っ」
触れた舌の熱い感触が消えないうちに扱く。驚いて俺を見つめる顔を思い出すと、背筋がゾクゾクした。
あのままずっとキスしていたら、どうなっていたんだろう。突き飛ばされるか、噛まれるか、怒られるか……それとも、舌を絡ませてくれた……?
「う……っ、父さっ……ふっ……」
一瞬触れたあの舌をぐちゃぐちゃにかき混ぜる妄想をするだけでイきそうになる。
「あ、ぁ、っ……、っ……」
父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。
「はあっ……はー……は……」
手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。
「くそっ……」
一ヶ月待ったって一年待ったって十年待ったって、俺が父さん以外の人間を好きになるわけがないのに。父さん以外の人間は、全部いらないのに。それがわかってもらえないことが悲しい? 自分でも感情が、心がぐちゃぐちゃになって、制御できなくて泣いた。
「うっ……く、っ……」
しゃくりがおさまってきて、深呼吸をして少し落ち着くと、「初めてキスした」という事実が時間差で来て……心臓がバクバクした。
「十八歳になるまで」という約束を、わざと破った。……父さんが俺を家から追い出したりしないって、できないって、わかっていたからだ。そういうことができない優しい人だって、誰よりも知っている。だから……
……弱みに付け込んだ。
それから俺は吹っ切れて、「好き」という気持ちを隠すのをやめた。十八になったとき、父さんが俺を拒否したとしても、離す気なんてないからだ。
二週間くらい経って、またデジャヴを感じる光景に遭遇した。父さんが自分のパジャマを洗濯機に入れようとしている。水がジャージャー流れているところに放り込まれようとするそれ。「待って」と引き止めた。
「おはよ。……何?」
「おはよう。それ貸して」
「……なんで?」
「オナニーするから」
予想通りというかいつも通りというか、口をぽかんと開けたまま停止する。……そのまぬけな表情も可愛い。全部可愛い。
「父さんの言う通り、十八になるまでエッチなことはしない。……ちゃんと我慢するよ」
幼稚園の頃から今まで、ずっと悩んできた。この気持ちを伝えてもいいのか、親子だから伝えちゃいけないのか。俺はもう今まで十分我慢した。なのに……あと四年……もしかして高校を卒業するまでか? 触れないなんて、拷問に近い。
だからそれちょうだい、と有無を言わさず取り上げると、秒で部屋に戻ってパジャマを顔に押し付けた。
「っ……!」
ぶわっと、父さんの甘い……安心する体臭が広がる。普段はしないけど、都心に出かける時とか、俺の入学式とか卒業式……スーツを着るような時は、いつも控えめに香水をつけている。その匂いと体臭が混じってて……。昨日はちょっと暑くて寝苦しかったから、汗かいたのかもしれない。
「は……っ」
机にパジャマを広げて、そこに顔を突っ込んだ。大好きな人の匂いに埋もれながら、夢中で扱く。ガムの時よりも興奮した。
「あ、ぁ……っ父さん……っ!」
一分も擦らないうちに出た。一度出したあと、まだ萎えないそれを……パジャマで包み込んだ。
「……っ……」
興奮と背徳感で手が震える。布地が俺のに触れた瞬間、まるで父さんに包み込まれたような錯覚に陥った。
「あっ……」
今こうしてる場面を見たら、見られたら、どんな表情するんだろう? 怒るのか、真っ赤になって照れるのか……。
「はあっ、はぁ……ん……っ」
そんなものは脱いだらすぐなくなってしまうはずなのに、父さんの体温が残っているような気がする。もっと近くで感じたくて、右手を動かしたまま、左手で余った布地を引き寄せて吸い込んだ。
「ぁ、くっ……父さん……っ」
布ごと数回擦っただけで暴発した。父さんに直接かけているような感覚。受け止めきれなかったものが布地の隙間からぷくぷく溢れているのを見て、また興奮した。
そのあとも全然萎えなかったので二回抜いて、パジャマの持ち主が夕飯を作っている隙にドロドロになったそれを洗面所で洗った。さすがにその状態で返すのは憚られた。
自分の部屋の扇風機に乗せて、適当に乾かす。次の日の朝、持ち主に返した。
「ん」
「………」
昨日の夕飯の時、父さんはパジャマを返せとか、どうしたのかとは聞いてこなかった。……チラチラと物言いたげにこっちを見ていたけれども。
差し出されても、嫌そ~な顔で見つめていたが、汚いものを触るみたいに親指と人差し指で端を掴んで受け取った。
「……お前、これに、出……」
「ん?」
「……変なことに使ってねえよな?」
「さあ? 行ってきます」
にっこり笑って家を出た。今日は一限目から体育だ。授業を受けていても、身体を動かしていても、父さんの甘い体臭を思い出す。
十八になるまでなんて我慢できないから、オカズにガムをもらったり、パジャマを貸してもらったりしたけど、なんだか余計に悪化してる気がする。前よりも時間が経つのが遅くなったような気がする。
それもこれも、全部俺が子供だから。まだ中学生だからだ。早く大人になりたい。早く、早く、早く。
一週間後の土曜日。俺が起きると、父さんはソファに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。……例のパジャマを着て。
「……おはよ。父さん、それ着るの嫌じゃなかったの?」
「はよ。いや、これ三回洗ったから」
「執拗に洗われた」という事実が頭を殴られたくらいショックだったが、俺の精液にまみれたものを身につけている、という事実に激しく興奮した。
あの胸ポケットの下あたりに射精した。その部分は今……きっと乳首に触れているだろう。
……また貸してくれないかな。今度は、脱いだ瞬間に奪ってしまおうか。
おわり
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あらすじ画面もご参照ください。
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