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8.勝手にしろと言われたので

受けたのは僕だけど、僕がある意味襲いかかったというのに。リューは相変わらず表情が変わらない。 (嫌悪感はひしひしと感じるけど……でも怒ってるって感じでもないんだよね) 興味津々でリューを見つめていると、クルリと振り返ってこちらを見てくる。 「俺として何が楽しい?」 「それを僕に聞く?愉しいよ。人と肌を合わせるのは特に、ね。本性が見えやすいし、やっぱり本能のままにするのって気持ちいいし」 「お前に聞いたのが間違いだった。――もう二度とするな」 棘どころじゃない、刃物で刺されるような言葉の威圧感に流石の僕もちょっと引く。だけど、ここで引いたら本当にリューとの関係が終わってしまう。 「いいや……やめない。お前のことが好きだよ、リュー。だから、僕のことを捨てないで欲しいな?」 捨てる、という言葉に反応して、リューの眉がピクと動いた。感情が感じられない冷たい視線が僕にぶつかる。 「揶揄っているのなら、意味がないからやめておけ。それに俺はお前のことを捨てるとは言っていない」 僕は困った顔をして見せてから、リューの懐に飛び込むとそのまま両肩に手を置いて背伸びしてキスをする。一瞬だけ目を見開くと、リューが力を込めて僕を引き離した。 「誰にでも言うから信用できない、って顔に書いてある。まぁ、否定はしないけど。リューに興味があるし、好きなのも本当だ。リューはそんなに僕のことが嫌い?」 「こういう悪癖は嫌悪感しかない。が、もう――慣れた」 リューは長く息を吐き出すと、シャワーを止めてさっさと出ていこうとする。僕が声をかけようとすると、首だけで振り返る。 「俺は元々恋愛事に興味がないし、煩わしいとしか思わない。だが、捨てる、と言われるのは心外だ。後は、勝手にしろ」 言いたいことだけ言い放つと、今度こそ先に出ていってしまった。 「それなら……勝手にさせてもらう」 僕は笑顔で後を追って外へでる。リューは僕の分のタオルだけ押し付けて、静かにソファーに辿り着くと服も着ないでタオルを巻いたままソファーへと身体を押し付ける。僕も頭があまり回っていない感じがするし、のぼせているのだろう。身体を拭いて、僕もリューの隣に陣取った。 「リュー?」 「……」 「生きてるか?」 「頭痛がするだけだ」 視線だけ少し合わせてくれたが、リューはすぐに目を閉じてしまった。 「やることやってたからのぼせたのかも。大丈夫?」 「……返事をするのが面倒だ。少し放っておいてくれ」 目を閉じたままのリューの髪に触れると、まだ濡れたままだ。 (あれだけ体調を崩すと騒いでいたくせに……) 苦笑して、頭を拭いてやると気怠そうに目を開けてこちらを見てくる。だからと言って話しかけてもこないので、こちらもそのまま頭を拭いていたのだが。自分に向けられる視線を見ていると、気怠そうを通り越して何だか誘われている気がしてくる。 「何?誘ってるのか?」 「そう見えるのはお前だけだ。どこまでもおかしな奴だな。もういいから。服を……」 身体を起こそうとしたリューに体重をかけて、そのままソファーへと押し倒す。すぐさま鋭い視線が飛んでくるが、無視して持っていたタオルを脇に追いやり、リューの頬に手を伸ばす。頬はまだ熱を残していて、ほんのり赤く色づいていた。指で労るように触ると抵抗するのが面倒になったのか、諦めの吐息と共にまた目を閉じてしまった。 「もしかして……本当に経験がなかった、とか?リューの初めてを貰っちゃった?」 「どうとでも言え。言っただろう?煩わしいし興味がない」 「僕としては考えられないけどな。快楽に興味がないだなんて。今までどうやって生きてきた訳?」 「そんな話が聞きたいのか?」 リューはゆっくりと目を開けると、僕の心を見透かすように瞬きもせずに視線で射抜く。 分かりづらいが、あまり話したくはないのかもしれない。僕が動きを止めると今度こそ身体を起こして、僕のことも力ずくで退かしてしまった。 そのまま立ち上がろうとしたところで、耳元に口を寄せられる。 「聞いたところで不愉快になるだけだ。これ以上――俺に深入りするな」 耳に飛び込んできた言葉は突き放す内容だと言うのに、リューの低音が僕の耳朶を擽り捉えてくる。無意識だろうが、凄い脅し文句だ。背筋がブルリと震えてゾクゾクする。 (そう言われて、はい、そうですか。と言うほど素直じゃないんだよね。こっちは) 立ち上がり、服を着ようと手に取ったリューを見ながらその背に声をかける。 「残念だけど、勝手にしていいと言ったのはリューだから。だから……リューのことをもっと知りたい」 嫌そうに振り返ったところに飛び込んで、ギュッと抱きしめた。無邪気さが効いたのか無理矢理引き剥がそうとしてこない。手に持っていたシャツがパサリと床へと落ちる。 「言いたくないことは今すぐ言わなくていい。リューが言いたくなったらでいいから。だけど、もっと色々なリューを見たいから。これからもよろしく」 ニッコリと笑いかけて、ちょんと唇に触れるだけのキスをする。リューは一度だけ瞬きをしていつも通りに睨んでくると思っていたのに―― (え……?笑ってる?) 「……お前は、本当に変な奴だな」 リューは僕を見ながら目元を和らげていた。今まで見た中で1番人間らしい表情で、こっちは隙あらばもう1回戦しようと企んでいたのに。あまりに穏やかな表情だったので、する気が失せてしまった。 「リュー、今。笑って……」 「……俺は疲れたから一眠りする。お前は好きにしろ、アルヴァーノ」 呆然としてしまった僕を置いて、リューはシャツを拾い直すとそのまま何事もなかったように踵を返してベッドルームへと消えてしまった。 「何で今、名前呼んで……リュー?言い逃げしないでちゃんと説明して?」 僕は裸のまま、リューの背中を追いかける。リューが何を考えているのかまだ何も分からないけれど。 (やっぱり嫌われてはいないみたいだし、今度こそ――) 決意を新たに、今日は僕も素直に休むことにした。

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