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第6話
十一月某日、俺はTSSのオフィスで伝票整理をしていた。
窓の外には木枯らし吹きすさぶ乾いた青空が広がり、なだらかな坂と階段、入り組んだ路地で構成された世田谷の街並みが見下ろせる。
「ひいふうみい……アガリっと」
束ねた伝票の端っこをホッチキスで留める。
俺が労働に精を出してる間、上司はソファーに寝そべりアイスを食っていた。
「酉の市行かね?浅草でやってんだって」
「なんで寒い日にわざわざ寒いとこ出向かなあかんねん、ベランダで寒風摩擦でもしとけや」
「体動かしてあったかいもん食や寒くなくなるよ」
「暖房ガンガン利かせた事務所でダッツ食うとる方がマシやわ。はー極楽」
「三の酉まであるなんてレアじゃん、行かなきゃもったいねー」
「はしゃぐんちゃうぞ万年お祭り男が、上司引っ張り出さずに一人で行ってこい」
「ケツ割れ顎の石像特集読むよか有意義な時間の使い方だろ」
「知っとるか理一、モアイは自立歩行でけるんやて」
「またまた担ごうとして」
「ホンマホンマ、ここに書いてある。ちょっと前までは丸太の上転がして運んだって言われとったけど、カリフォルニアの偉いセンセが綱ひっかけて歩かせた説提唱したねん。実際道端に廃棄されたモアイに直立の状態から倒れた痕跡や立てて歩かせよとしたあとが見付かったとかで結構騒がれとんねんで、知らへんなんて遅れてるな」
「ガチで?歩くの?アレが!?」
モアイが一列に並び島を行進する光景を思い描いて身を乗り出す。次の瞬間、雑誌で額をひっぱたかれた。
「何すんだよー」
「ええ加減ムーと平地の民、略してムー民疑うこと覚えろや」
「自分だって読んでたくせに」
皮肉っぽく鼻で笑い、モアイの写真が印刷された表紙を手の甲で叩く。
「コイツは情報収集。金になりそなネタさがしとんの、日本全国から実録怪談や都市伝説集まるカストリ雑誌は案外馬鹿にできん」
「仕事熱心なこって」
よくやるよ守銭奴め。椅子の背凭れに顎を安置し、胡乱な雑誌を広げた手元を覗き込む。
「日水村のこと載ってる?」
「載ってへんな」
「そっか」
安心したような残念なような複雑な心境。既に顔が売れまくってる茶倉はともかく、俺の活躍はもっと大々的に報じられていいはずだ。ぶっちゃけちやほやされてえ、TSSの縁の下の力持ちとしてインタビューとかされてえ。
「考えとることお見通しやで」
「顔に出てた?」
両手で頬っぺを潰して回す。茶倉がページをめくり鼻を鳴らす。
「デコの光り具合でわかる。しょうもない妄想しとる時は余計にテカっとる」
「デコハラで訴えんぞ」
「ハラスメントちゃうでいじりや」
「愛がねえいじりはハラスメントなんだよ」
「失敬やな少しはあるわ」
「俺だってお前の考えてる事位わかっかんな」
「たとえば」
「ムーの巻末に開運パワーストーンの広告のっけてほしいって思ってんだろ」
「こないインチキ臭い雑誌にのっけたら逆効果や、狙い目はおしゃれなファッション誌」
「スピリチュアル系ファッション誌が存在すんの?世間って広ェ」
塩対応にがっくりし、棚の近くにシャーッと椅子で移動する。
棚に飾られてるのはポリネシアの木彫りの像にインドのガネーシャ、小判を持った招き猫や両目に墨が入った達磨、信楽焼のたぬきや赤べこやさるぼぼ、チャグチャグ馬コや大船にのった七福神。半分は茶倉の出張みやげ、もう半分は俺の献上品。
片手でさるぼぼを持ち上げ埃をはたき、赤べこの首を押して上下運動を楽しむ。
序でに招き猫の小判に息を吹きかけ、光沢でるまで磨く。
「午後の依頼人は?」
「予約なし」
「チャクラ王子の人気に翳りが……」
「事務作業消化したいからケジュール調整したんや。明日は西麻布の人妻が来る」
「人に伝票整理投げてサボってたじゃん」
招き猫にお手して振り向く。
「労働の報酬ほしいんか?冷凍庫にアイス入っとるで」
「気が利くねェ」
茶倉にお許しをもらい冷凍庫の扉を開き、中を覗いて絶叫した。
「テメエざけんな茶倉、ガリガリくんナポリタン味じゃねえか!」
「超レアやろ」
「製造年月日八年前だぞ!?」
「冷凍保存のアイスは菌が繁殖せんから賞味期限あらへんのやで、賢ゥなったな」
「てかどこで売ってんだよ」
「よく行くコンビニのケースの底にひっかかっとった、回収し忘れちゃうか。めっけた時うっかりテンション上がって買うてもうたけど、自分で食べる気せんし困っとった」
「バイトの怠慢。クビにしろ」
カチカチに霜が降りたガリガリくんナポリタン味におそるおそる手を伸ばし、駄目だ俺はやまるなと引っ込める。
見なかった事にして扉を叩き閉め、大股にオフィスに戻るや札を一枚取って返り、冷凍庫を封印した。
ハンガーに掛けたブルゾンに袖を通し、スマホの画面をタップする。タイミングよく電話がきた。セフレの一人だ。
「もしもし俺。久しぶり~元気?今?浅草の酉の市でかけるとこ。そっちは……なんだ近くじゃん、せっかくだから一緒に行く?どっちみちあとで店に顔出そうと思ってたし。そーそー食べ歩きって楽しいよな、特にたこ焼きが……え、俺がおごんの?ええ~金ねェのに勘弁してよ。だったら恨みっこなしじゃんけんで決めようぜ、あいこだったらお互いおごんの、どうだフェアトレード」
いざゆかんとノブを握った矢先に数珠が締まり、右手首に食い込む。
「い゛ッで!?」
たまらずその場に蹲れば背後に不穏な気配が忍び寄り、スマホの通話を打ち切った。
「フェアトレードの使い方間違うとるで、アホ」
「てめえ勝手に、てか今なんかしたろ!?」
「見境のォさかる駄犬の|数珠《リード》を引っ張っただけや」
顔真っ赤で吠える俺を見下し、ハンガーに掛けたコートをひったくる。
細身のシルエットがかっこいいグレイのチェスターコート……確か先月新調したヤツ。
両手で襟を整え、独り言めかし呟く。
「今年は色々あったし、厄落としに行くんも悪ないか」
なんでか急に気が変わったらしい茶倉と連れ立ち、山手線に乗り浅草を目指す。
浅草酉の市は関東圏最大規模を誇り、神と仏の酉の市で愛称で親しまれている。
石畳を敷いた幅広の参道には様々な露店が並び、やきそばやたこ焼きの香ばしいソースの匂いが漂っていた。老夫婦や家族連れ、若いカップルも多い。風の子たちは元気に走り回り、学生グループが楽しげに食べ歩きをしている。
手庇を作り雑踏を眺める。
「すげーこんでんな」
「酉の市の由来は知っとるか」
「猟師が鳥を捕まえて売ったのがはじまりとか?」
「日本武尊を祀る神社で開かれる祭り。ヤマトタケルが11月の酉の日に戦勝祈願に来たさかい、それにちなんで縁起物の熊手を売んねん。仏教やと微妙に解釈違うけど江戸時代から続く年中行事やで。氏子が鷲大明神に鶏を奉納して、終わたら浅草寺の観音堂で放すねん」
「やった掠ってた」
「まぐれでドヤんな」
「三の酉まである年は珍しいんだろ」
「ようけ火がでるらしい。せやから三の酉がある年は火除け守りがぎょうさん刷ける」
退屈そうに蘊蓄をたれる茶倉の隣を歩きながら、きょろきょろあたりを見回す。お好み焼き、やきそば、鈴カステラ、からあげ、クレープ……どれもこれもうまそうで食欲そそる。
「縁日来んの久しぶり」
「地元の祭りは?」
「こっち来てからご無沙汰。ガキの頃は皆勤賞で子ども神輿担いでた、先頭でわっしょいわっしょい」
「お前は神輿に乗りたがるタイプちゃうんか」
「体重制限あったんだよ」
ヤンキー風のあんちゃんが油をのばした鉄板で焼きそばを焼いていた。手際よくソースを絡めてプラ容器に盛り付け、紅しょうがや青のりをふりかけていく。
飯テロな光景に腹が鳴る。
「茶倉ー」
「おごらんよ」
「ケチ」
「ちゃんと給料やっとるんやから人にたかること考えんと自分で買え」
残念、財布連れてくりゃ飯代浮くと思ったのに。
「今俺んこと財布って思ったな」
「考え読むな」
大いにふてくされポッケに手を突っ込む。茶倉が面白そうに目を細め、俺の身なりをじろじろ眺める。
「どうかした?」
「冬雀みたいに着膨れしとる」
「ブルゾンが茶色いから?」
「ぴーちくぱーちくうるそうてかなわんし」
口元に手をあてくすくす笑い出す。関西人の笑いのツボわっかんね。
「お前はシュッとしてカラスみてーだな」
「やなこと思い出させんな」
「ねえ見てチャクラ王子!」「本物?」「そっくりさんじゃない?」「酉の市とか来るんだー隣の芋っぽい人は」「友達じゃない?」「サインほしい~」コートの裾を颯爽と翻し、肩で風切り歩く茶倉とすれちがいざま女たちが振り返る。姦しい嬌声。にっこり笑って手を振りゃ黄色い悲鳴が一段高くなる。
「どわっ!」
突き飛ばされた。
「ファンです握手してください!」
「メルアド交換してもらえますかあ?」
「いいですよ、並んでください」
「王子も酉の市に来るんですね、ギャップ萌え~」
「仕事の息抜きに」
鼻息荒く殺到したファンが茶倉を包囲、サインやら握手やらねだりまくる。
俺は世にも情けない顔で引き下がり、近くの屋台でチョコバナナを買った。
「けっ、好色一代男が」
チョコでコーティングした上にカラフルなスプリンクルをまぶしたバナナを齧ってると、猿回しみてえにファンを捌いた王子がご帰還あそばされた。
「芋臭い言われて拗ねとんのかい」
「『待たせてごめん』は?」
「親しき仲に忖度なし」
「新しい諺作ってんじゃねーぞ、流行語大賞狙ってんのか」
俺の手にしたチョコバナナを物欲しそうに一瞥する。気にせずぱく付く。
「んめ~。やっぱチョコバナナは縁日の王様だな」
気分を害し離れていく。しばらくして戻ってきた時、手には真っ赤なりんご飴が。
「バナナが王様ならりんごは女王様やね」
「歌舞伎町の」
「それは椎名」
りんご飴をちびちびなめる横顔はなんだか子供っぽくて、吹き出しそうになんのをこらえる。ファンの子たちには絶対見せねえ表情だ。
艷やかなりんご飴を負けじと赤い舌で舐め上げ、茶倉が呟く。
「お前のチョコバナナの食べ方やらしいな」
「そう?フツーだろ」
「口でかすぎ」
「りんご飴くんね?」
「断る」
「ひとなめでいいから、なっ?」
ずんずん足を速める。追いてかれないように慌てて続く。たこ焼きの屋台があった。
ねじり鉢巻きの親父が型にタネを注ぎ、ピックを突き刺しくるくる回すのに口笛吹く。
「匠の技。一パックください」
「毎度」
「たこ焼きは一舟って勘定するんやで」
隣に来た茶倉が竹の皮っぽい器を見下ろす。
「言われてみりゃ舟に似てるな」
「|経木《きょうぎ》っちゅーんや、お勉強になったな」
爪楊枝をぶっ刺して口に運ぶ。熱っ、舌が火傷しそうだ。はふはふ夢中で頬張る。
「んまっ」
鰹節が縮んで踊り、青のりと紅しょうがが味を引き締める。茶倉があきれた。
「いちいちうるさいヤツ。グルメリポーターか」
「ん」
ダチの口元に爪楊枝をさしたたこ焼きを突き出す。
「猫舌やねん」
「わがままなヤツめ」
しかたなくふーふーしてやる。通り過ぎてく連中がこっちを見て忍び笑いをもらす。茶倉は口角を引き攣らせていた。
「あーん」
ためらいがちに開かれた口の中にたこ焼きを押し込む。咀嚼、嚥下。
「な、うめーだろ?」
「……まあまあ」
たこ焼きを分け合いながらさらに歩き、焼きそばや大判焼き、鈴カステラや牛串を買いあさる。
俺の両手はビニール袋で一杯一杯、片や茶倉は手ぶら。これって荷物持ちじゃね?
「半分持てよ」
「コート汚したらクリーニング代取り立てるで」
また腕の袋が増える。コートハンガーの気持ちがわかった。茶倉がおもむろに歩調を落とし、鉄板料理の屋台に寄っていく。
「リング焼きやん、懐かし」
「何それ」
露店のテントには「大阪焼き」と書いてある。
プラのパックに入れて渡された粉物を割り箸で切り分け、茶倉が説明する。
「簡単に言うたら大阪版お好み焼き。材料もほぼ同じ。キャベツ、豚肉、アミエビ、天かす、紅しょうなんかが入っとる」
「お好み焼きとどこがちがうの」
「形」
「あ~見た目は大判焼きだもんな」
関西と関東じゃ呼び名が違うらしい。
「にしても……」
「なんやねん」
外出渋ってたくせに、この男ノリノリである。大阪焼きを幸せそうに頬張る茶倉に苦笑を誘われたのち、子供たちがたむろった屋台に気付いた。
「射的か」
玩具のライフルを構えた子供たちがコルクの弾丸で景品を狙い、一喜一憂している。棚に陳列された景品は大小さまざま、一番高価なのは新発売のゲーム機だ。
「ちくしょーあともうちょっとだったのに!」
「残念だったねボク、こりずにまた来てくれよ」
地団駄踏んで悔しがる男の子にギャラリーの笑いが起きる。カウンターにおかれたライフルを手にとり、コルク栓を詰めていく。
「勝負しねえ?」
「本気?子供にまじって?引っくわあ」
「負けんの怖ェの?」
「射撃の腕で俺に勝てると思とるんか」
「弓と銃じゃ勝手が違ェし勝ち目が」
「ないないあらへんて」
余裕綽々で断言するのに腹が立ち、周囲のガキどもを味方に引き込む作戦に切り替える。
「お兄ちゃんはこーいってるけど、ホントは大勢の前で恥かくのが嫌なだけなんだぜ」
「ノーコン野郎なの?」
「よく知ってるな~。さあみんな一緒に」
「「「やーいノーコン野郎ー!!」」」
その場にしゃがんで合唱の指揮をとる。茶倉が俺の隣に立ち、ライフルの銃口にコルク栓を詰め始める。
「……上等。吠え面かかしたる」
「弓道何段位の実力あんの」
「審査受けたことない。ババアの見立てじゃ五段らしい」
「すごいのそれ」
「射形・射術・体配共に法に適って射品現われ、精励の功特に認められる者が条件」
「なんかすごそうだな」
「お前は頭悪いな」
たびたび見てきた茶倉の弓術を思い出す。体幹はまるでブレず、弓引く構えには正鵠を射る達人の気迫が漲っていた。部活に入ってたら全国優勝狙えたかもしれねえのにもったいねえ。
カウンターに並んで踏み構え、引鉄に指をかける。眼光鋭く狙うは最上段のゲーム機。
いざ発砲。
乾いた破裂音に次いで、棚に飾られた景品が前のめりに倒れていく。
「「えっ?」」
「おおっ!」
戸惑いの声に親父の快哉が重なる。結論から言えば、俺と茶倉の弾はゲーム機に命中した。
ところがコイツがびくともせず、跳弾した先にあったジッポライターが代わりに落ちたのである。
「やったなあんちゃん、連携プレイが呼んだ勝利だ!」
「すごーい」
「ミラクルー」
屋台に群がる子供たちが拍手する中、親父にジッポライターを渡される。
「待てこらなんで命中したのに落ちんねん、錘仕込どるんちゃうやろな」
「人聞き悪いな~勝負は時の運っていうだろ」
「とぼけるとはええ度胸や」
両手を挙げて降参する親父の額を、静かに怒り狂った茶倉が銃口で小突く。
「まーまー景品ゲットできたんだからいいじゃん、たかが射的でマジギレすんなって子供たちが引いてんじゃん!?」
大人げなさ全開の茶倉を引きずり退散後、竜虎が彫られたジッポライターの蓋を開け閉めする。
「かっけえ~」
「煙草喫わんのに持ってたかてしゃあないやろ」
「いる?」
「いらん」
「高校ン時は喫ってたじゃん」
「あれは」
一瞬言い淀み、微妙な顔で前を向く。
「何?最後まで言え」
ライターをブルゾンの懐にしまって聞くが、きっぱりシカトされちまった。でかくて赤い鳥居がだんだん近付いてくる。
端っこに寄って一礼する俺をよそに、茶倉は威風堂々真ん中をくぐっていく。
拍子抜けした。
「真ん中は神様の通り道だぞ」
コートのポケットに手を入れたまま、振り向いたダチの表情に息を飲む。
「だから?」
怜悧な切れ長の双眸が冷えきり、整った口元に酷薄な笑みが漂い出す。
「俺は真ん中を行く。バチなんて当たらん。全部跳ね返す」
コルク栓の跳弾の如く。
眇めた眼差しに鍛えた反骨心を秘め、不敵な弧を描く唇をさらに吊り上げ。
鳥居の真下にたたずむ男の姿が一瞬ぶれ、影曳く足元に奈落が穿たれ、邪悪に蠢く触手の幻影が立ち現れる。
そうだ。
忘れていた。
コイツが身の内に宿すきゅうせん様は、そんじょそこらの神様やばけものなんて太刀打ちできないほど強い。
熱を帯びた数珠に左手で触れ、鳥居の下の茶倉に目をこらす。
周りの空気の流れが変わる。
風に化けた不可視の何かが茶倉の体を撫で、緩く取り巻き、かと思えば刹那に弾かれ、霊気と殺気を練り込んだ圧を受け散らされていく。
にわかに喧騒が遠のいて消失し、鳥居を境に此岸と彼岸に分かたれる。
俺を見据える瞳の色が陽射しの加減で深まり、金を鋳溶かした魔性の虹彩が妖しくきらめく。
「神さんやばけもんに媚びるんはいけすかん。逃げ隠れはまっぴらごめんじゃ」
宣戦布告。
「じゃあなんで魚住の時は……」
「葬式は生きとる人間のためにやるもんやろ」
葬式で号泣してた魚住のお袋さんや板尾の姿が甦り、心の根っこで納得する。
無慈悲で身勝手な神や化け物には阿らずとも、誰かが誰かを悼む場では能うかぎり礼を尽くす。
それが茶倉練。
俺の、大事な友達だ。
なんでか急にコイツがいなくなっちまいそうな予感に駆られ、モヤモヤした不安が渦巻き、数珠を嵌めた右手で腕を掴む。
「俺も真ん中を行く」
「無理して付いてこんでもええのに」
参詣の列に並んで待機。吐く息が白く溶ける。かじかむ手を擦ってぬくめ、顎を引いて前に踏み出す。俺たちの番が来た。がま口の財布を開け、まん丸い五円玉を摘まむ。茶倉は千円札を放り込んだ。ブルジョワジーめ。
同時に手を合わせ願掛け、太い麻縄を掴んで金色の鈴を揺らす。がらがらと景気いい音が鳴り響き、片目だけ開けて隣を見る。
「なに願ったの」
「商売繁盛」
「意外性がねえ答え」
「やかましわ。そっちは」
「家内安全」
「独り身のくせに」
「独身なのはお互い様だろヤリチン」
本当の願いは別にあるが、可愛げねえから教えてやんねえ。
脛を蹴り合いながら石段を下り、露店が並ぶ参道を引き返す最中、豪勢な熊手を取り揃えた屋台があった。
茶倉は七福神や赤い鯛、俵や小判を盛り合わせた特大サイズの熊手を買った。
「重ッ」
「お前が運ぶんやで」
「これ持って山手線乗んの?マジかー」
「モアイと違て立派な足生えてるんやからきびきび歩け」
「俺も丸太の上転がりてー……」
そんな十一月の話。
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