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第3話 出会い Ⅱ
坂口マネージャーが運転する車に揺られること数時間、樹と真生はキャンプ場に到着した。
今日は新曲のMV撮影の日だ。
今回の曲のテーマが「夏」ということで、seedの二人が夏休みをイメージしたアウトドアイベントをするというコンセプトらしい。
「わー!すっごい山!!」
車を降りた真生は目の前に広がる山々に驚き、語彙力皆無の感想を叫んだ。
⸺…すごい
ペンライトで彩られた科学的な森林もきれいだが、本物は想像以上だった。
この圧倒的な存在感に虜になってしまいそうだ。
また、空気が澄んでいて気持ちいい。
樹の肩まである後ろ髪が風に靡 いている。
樹はしばらく辺りを見渡していたが、山の上の方で緑の中に薄桃色が紛れているのが目にとまった。
⸺え、桜!?
もう4月も下旬に差し掛かるのに、まさか桜が咲いているとは。
そういえば今年は忙しくて禄 に見れないまま近所の桜は散ってしまっていた。
あそこなら歩いて行けるんじゃないだろうか、そんな事を考えた時、キャンプ場が妙に騒がしくなっている事に気づいた。
「なんか皆ばたばたしてるね。」
「何かあったのかもしれないな。」
真生も不思議に思ったのかキャンプ場を見ている。
「おーい、二人とも!」
坂口が小走りに駆け寄ってきた。
「ごめん、機材がトラブルで到着するのにもう少しかかるって。適当に休んでてもらってもいいかな。」
「なんだ、そんなことかー。もちろんいいよ、ね!」
「ああ。」
さっそくチャンスがきた。迷っていたがせっかく時間ができたのだから行ってみよう。
一旦建物に入り撮影衣装から普段着に着替えた。スマホをいじっている真生に声をかける。
「真生、俺ちょっとその辺散歩してくるな。」
「散歩?わかった。気をつけてねー。」
樹は頷き、部屋を後にした。
「はぁー、気持良すぎる。」
心地よい日差しを浴びながら、樹はぐっと伸びをした。
山道はきれいに舗装されていて思ったより歩きやすかった。最高の森林浴だ。
ここでなら、本当の自分を出してもいいような気さえする。そんな包容力を山には感じる。
⸺本当の自分。アイドルをするには捨てなければいけなったもの。
人混みが苦手ですぐに酔ってしまうし、初対面の人に話しかける時はめちゃくちゃに緊張する。
皆でカラオケに行くよりも家で映画を見るほうが楽しい。学生時代気の知れた友人はたった一人だった。
要は、めちゃくちゃヘタレなのだ。
しかし、人気アイドルになる為には相手を蹴落とすぐらいの覚悟がいると社長に言われた。
それに相方の真生はまだ未成年だ。
芸能界は綺麗な世界じゃない。新人の頃は何度も嫌がらせを受けてきた。
年上の自分が守らなければ。
そんな思いで「アイドルとしての樹」が出来上がったのだった。
「まあ、ちゃんとやれてるか不安すぎてエゴサは毎日してるんだけどね…。」
SNSはかっこいい、エロすぎて無理といった本来の樹とはかけ離れた単語で埋め尽くされている。
中には気取っててうざいだの世の中舐めてるだの辛口なコメントもあるが。
最初の頃は純粋に嬉しい気持ちもあった。
かっこつけたい年頃だったし、自分は世の中に認められるんだとわかったからだ。
しかし、日常生活が油断できないものになり、負担が増えていった。
期待されればされるほど騙しているという罪悪感が樹を襲った。
⸺本当にアイドルの樹になれたら楽なのに。
本質は変えられないのだろうか。
「あれ、今どのくらいまで来たんだろ。」
物思いにふけりながら随分歩いたようだ。キャンプ場は見えなくなっていた。
360度木が生えていて方角がわかりにくい。
「でも、この道をまっすぐ行ったら着くはず。」
ぶにっ
突然足に何かを踏んだような感覚がはしった。
足を引き下を見ると、鮮やかな緑色の紐が道の端から端までまっすぐに横たわっている。
「わ、何だこれ。」
紐の先端に辿っていくと、ちろちろとした赤い舌が見えた。
瞬間、ぎらりとした目が樹を見る。
⸺蛇だ!!
「わーーーー!!」
でかすぎるだろ!
肝が冷えていくのを感じ、樹は急いで走り出した。
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