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第8話 僕は初めての生産レベルカンストを経験した!

 そのようにして三年がたった。現在僕は七歳だ。  目が覚める気配はない。  もう、記憶の方が曖昧になってきてしまった……。  だが、僕が生産をするという決意は変わっていない。  生産は、もはや僕のライフワークだ。  現在調理は、レベル130へと到達した。100の大台をはるかに超えた。  錬金術は、レベル124である。  そして二年前から薬学をはじめ、集中的におこなったので、こちらもレベル115だ。  実に順調だ。だから、だからこそ悩む事がある。  木工&裁縫と、鍛冶&装飾に、取り掛かるか否か、だ。 「はぁ……」  思わずため息が漏れた。  無駄に木の幹に手を当てて、僕は目を細めた。  今は――あれほどやりたくないと思った剣技の学習中だったりする。  王国の行事などで披露することもあるから、最低限はやらないとダメだと押し切られたのだ……確かに、それはそうだろうけどさ。そして、いざやってみたら――うん、こちらでの評価も、十段階評価ならば確実に三だろう! 「どうかしたのか、ユーリ様」 「あ、ウィズ」 「ため息なんかついて」 「ちょっとな」  振り返って苦笑すると、ウィズが微笑した。 「俺で良かったら聞くからな」 「ありがとう」 「いや。剣は俺の唯一の取り柄だから」  優しい言葉に僕は笑顔を浮かべたが、僕の悩みは剣ではなかった。 「優しいところも僕は取り柄だと思う!」 「っ」  僕が続けると、ウィズが硬直した。頬が赤く染まっていく。  おおお、照れている!  僕から見ると、一応中身は、僕は大人だから、照れる子供は愛らしく感じた。 「そろそろご飯みたいですよ」 「っ、あ、い、俺先に行く!」  ラスカがそこにやってきて声をかけると、ウィズが走り去った。  そんなにお腹が減っていたのだろうか?  見守っていると、ラスカがからかうように言った。 「春ですね」 「そろそろ夏だと思うけど?」  顔を上げてから僕が首をかしげると、ラスカに何故か噴出された。  よくわからない。どこか笑う要素はあっただろうか。  なにせもう明日からは七月だ。  その後七月が来て、秋、冬、と巡り、数年が経った。  僕はついに十歳になった。  ゲームだと、あと二年で旅立ちだ。  身長が伸びてきた。三歳の当初に比べると、ぐっと幅が広がった気がする。  だが、十五歳になった兄のフェリクスと比較した時、どう考えても僕はまだ小さい。  二つ年上で十三歳のウィズは、もっと大きい。  兄とウィズは、いつも身長を競っている。 「ユーリ、お弁当を食べよう」  今日は、僕の裁縫素材集めの旅(名目は魔術の自主学習)に、兄とウィズがついてきた。本日は休日だったので、みんな暇だったようだ。兄の言葉に、僕は立ち止まった。なお、本日のお弁当は、僕作だったりする。生産の調理には、『お花見弁当(レベル121)』というレシピが存在していて、それで用意した。  メンバーは、僕、兄、ウィズ、護衛のラスカである。 「美味い……さすがは俺のユーリ」 「おいウィズ。ユーリはお前のものではなく俺の弟だし、何をさらっと呼び捨てにしているんだ。ユーリをなんだと思っているんだ!」 「ユーリは俺の大切な人だときちんと思ってます! フェリクス殿下には関係ないだろ!」 「ダメだダメだダメだ! お兄ちゃん許さないからな! ラスカ、監視を強化しろ」 「はぁ――この玉子焼き、やば。美味い。なんだこのタコさんソーセージ。いや、カニ? 美味い……こっちは唐揚げか……? ん、チーズ入り」 「聞けよ、ラスカ! お前、護衛だろう!? 味わう前に、俺の話を聞いて、ユーリを護衛しろ!!」 「はいはい。うわ、このおにぎりの塩加減の秀逸さ……ゆかりご飯美味い……」  素材集めの旅は、賑やかなピクニックとなった。  僕も味をチェックしたが、我ながら美味しすぎて、周囲の会話は耳に入ってこなかった。  やはり、レシピの力は大きい。ウィンドウを押すだけでこの美味なお弁当が出来上がるのだから……料理のクオリティがこうなのだから、武器などもさぞやすごいんだろうなと思った。  また、最近はもうひとつ嬉しいことがあった。  専用の畑を本格的に貰うことができたのだ。  ラスカが農民に掛け合ってくれたのだ。  前に農民上がりだとラスカは言っていたのだが、なんでも王都の一番そばの農村で、しばらくバイトしていたことがあるらしい。詳しいことはよくわからないが、第二回、人魔戦争の直前の話だったと聞いた。畑を貸してくれた農民が言っていたのだ。  ラスカが無事に戻ってきて良かった、急にいなくなったから心配していたと笑いながら教えてくれたのだ。人間と魔族の大きな戦争は、過去に二回あったらしい。魔王というのは、魔族の王様だと僕は覚えた。  だが、最近、新聞をきちんと読んでいるというのに、魔王の話などまったく聞かない。本当に脅威なのだろうか?  さて、この年、悩んだ末、僕は生産の残り全てに手をつけた。  結果、一年が終わるまでに、だいぶレベルがあがった。既存の調理などのレベルもだ。  調理178、錬金術180、薬学150、木工89、裁縫72、鍛冶65、装飾64。  すごくないだろうか? 飛ぶ鳥を落とす勢いだと思う。僕は頑張っている!  ちなみに――……生産以外ももちろんやっている。  礼儀作法の学習時間が増えてきたりダンスを覚えたりもしているし、ピアノも練習しているが、それらは生まれついての王族という職業ゆえの税金みたいな印象で、僕の趣味じゃないが、やらなきゃならないことだろうと頑張っている。  だが、周囲も期待していて僕もやりたくて、生産にも役立つこと、それを一番頑張った。  魔術である。  魔術スキルには、初級・中級・上級があるのだが、僕はついに中級レベルを完了したのだ。中級レベルの魔術の全習得は、本来は魔術学校と呼ばれる、現代日本でいうなら魔術の大学のような場所を卒業した程度の熟練度となる。ここから先に覚える上級魔術というのは、魔術師が魔術師をしながら学んでいくものなので、僕はもう『魔術師』を名乗っても良くなったのだ。  嬉しくて嬉しくて、鍛冶で杖を自作した。  不死鳥の雷の杖である。  イナズマを模した水晶の杖で、金色の鎖が巻きついている。  この杖は、範囲魔術の威力を、単体魔術と同じくらいの強さまで高められるため、僕は次第に『強い範囲魔術の使い手』と評価されるようになってきた。求めていない評価だが、褒められるのは嬉しいものである。何度か、色々な人と手合わせをした。  こうして過ごして行き――僕は、ついに十二歳になった。  やはり旅立ちの気配はない。  だが、僕だけでなく、伝説の勇者(予定)のウィズにも旅立ちの気配はない。  それはそうと、調理がついにカンスト間近となった。  現在198レベルである。  ここ三ヶ月ほど、僕は素材集めのため、王都の最南端にある満天の森にこもっている。ここに群生するモンスターが落とす、【不思議な柚の実】が720sほど必要なのだ。それを集め終わったら、あとは生産するだけで、カンストできそうなのだ! 「ユーリ様、ちょっと休んだほうがいいんじゃないですか?」 「いいや、ラスカ、止めないでくれ。僕はやる」 「――お付き合いしますよ」  こうして、付き合ってくれているラスカと二人で、ひたすら範囲魔術でモンスターを倒し続けた。今の僕は、一回に五匹倒せる。そして倒した時、ランダムの確率で素材が手に入る。体感としては、二回から五回に一個だ。涙が出そうだ。森は僕の範囲魔術で、常に轟音を響かせている。  ――そして、念のため800s集めてから、僕はお城の生産室に戻った。  母である王妃様が、僕の生産について聞きつけて、ある日生産室をプレゼントしてくれたのだ。母は、「アレ」とは「生産」だと今では思っているようだが、幼き日のあのあとはしばらく、一体何のことなのかと聞きたそうにしていたものである。この部屋には、姉二人もたまに遊びに来るのだが、僕は生産に必死すぎて、あまり話ができていない。 「やったー!! 初カンスト!!」  その日、僕は声を上げた。気づくと涙腺が緩んでいた。  後ろで倉庫の素材を僕に渡していてくれたラスカが振り返った。 「本当か!?」 「うん!!!」 「おめでとうございます!!」 「わ――!! やったー! 調理、調理が! やっと、やっと!! レベル200になった!! ありがとう、ラスカ!!」  嬉しくて思わずラスカに抱きついた。  僕を抱きとめてラスカが嬉しそうに笑った。 「ユーリ様の頑張りの結果だ。本当におめでとうございます」 「うん。うん! 僕、もう、本当に頑張ったよ!!」 「これ――お祝いです。調理がカンストしたら渡そうと思ってたんだ」 「え?」  ラスカはそういうと、小さな箱を取り出した。  受け取って蓋を開けてみると、銀色のシンプルな指輪がひとつ入っていた。 「これは? ま、まさか……」  僕は感動で、新たな涙が浮かんできた。頬が熱くなってくる。 「ええ、そのまさかです。ずっと渡したかったんです」 「……ありがとう。本当に受け取っていいの?」 「ああ。というか、1000×10個倉庫なんて、ユーリ様以外使わないからな。それも指輪記憶形態でなんて」 「やったー!!! ありがとう!! すごく欲しかったんだー!!」  早速指輪をはめることにした。合う指を探していったら、左手の薬指にぴったりだった。  そして展開してみると、思わずうっとりしてしまう量の倉庫が脳裏に見えた。  僕は左手の薬指を、右手で握り締めた。 「ありがとう。一生大切にする」 「一生――……いや、その指は開けといたほうがいいんじゃ?」  僕の声に、ラスカが苦笑した。彼の言葉に、僕は首をかしげた。 「そうなのか?」 「……ま、ユーリ様美人だから虫除けにはいいかもしれないけど、くれぐれも俺からもらったとは言わないように。打首だ」 「ぶは」  その言葉でやっと僕は、左手の薬指は、結婚指輪などをはめる場所だったと思い出した。残念ながら、誰かと結婚する予定などはないので、開けておく必要はないのだが……。  それから二ヶ月後、僕の誕生日が過ぎて少しした頃、錬金術もカンストした。  達成感でいっぱいになり、ソファに座って体をあずけながら、今回も一緒に喜んでくれたラスカに僕は聞いた。 「今回は、お祝いはないの?」  勿論、倉庫を期待した。するとラスカが少し思案するような顔をした。  そして微笑した。 「――目を閉じてください」 「目? うん」  頷いて、僕は言われた通りにした。  すると――唇に柔らかい感触がした。  僕は驚いて目を開けた。息を飲んだ。硬直していた。 「薬学の次の素材の【プルプルミニペンギン】です。先に集めておいたんだ」 「やったー!! ありがとう!!」  キスかと思ってドキッとしたのは内緒である。  こうして、旅立たなかったこの年、生産が順調にカンストしていった。

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