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第5話 神様の塔で二人暮らし

 モクレンが住んでいる神様の塔は、僕が住んでいた塔と本当にそっくりだった。でも、てっぺんにある部屋は少し違っている。  僕が寝ていたものよりずっとずっと大きなベッドがあって、大きな体のモクレンと並んで寝てもへっちゃらだった。僕くらいの大きさなら五人は並んで寝られるんじゃないかなと思うくらい大きい。同じくらいお風呂も大きかった。だから、毎日モクレンと一緒にお風呂に入っている。 (変な泡とかいろんな匂いとかして楽しいんだよね)  僕はお風呂に入るのがすっかりお気に入りになっていた。  そういえば部屋も二つあった。一つはいつもいる部屋で、もう一つにはたくさんの本が置いてある。全部読めない文字で書かれているってことは神様が読んでいた本かもしれない。 (でも、一番びっくりしたのはご飯かなぁ)  僕がいた塔では、ネネがいつも同じものを作ってくれていた。でも、ここではモクレンが作ってくれる。頼めばお世話係が「ソウゴウエイヨウショク」というのを作ってくれるらしいけど、モクレンは「自分で作るほうがおいしいんだ」って言いながらいろんなご飯を作ってくれた。 (それにしても、モクレンってすっごく物知りだ)  ケイロンのおじさんも物知りだったけど、同じくらい物知りだと思う。それにいろんな種類の文字も知っている。“もくれん”は“モクレン”って書くんだと教えてくれたのもモクレンだ。本当は線がたくさんある文字で書くらしいけど、僕が知らないって言ったら“モクレン”ってほうを教えてくれた。この文字なら羽持ちがよく使っているから僕でもわかる。  そういえば、僕の名前も線がたくさんある文字で書けるって教えてくれた。一度紙に書いてくれたけど、難しくて覚えられなかった。 「モクレンって何でも知ってるね」 「そう?」 「うん。だってご飯もいろいろ作れるし、いろんな文字も知ってるし。あ! それに僕のパンツも作ってくれた」 「あはは。パンツを出してくれたのはアルだけどね」  アルっていうのは、この塔のお世話係の名前だ。ご飯の材料を用意したり、ネネのように掃除や洗濯もしてくれる。  でも、ネネみたいに決まった時間にしゃべったりはしない。それはモクレンがチョウセイしたからだって話していた。どういうことかはわからないけど、とにかくモクレンは何でもできて本当にすごい。 「でも、こんなパンツ初めてだよ?」 「そっか。こっちではトランクスは一般的じゃないのか」 「とらんくすっていうのはわからないけど、パンツを穿いたことは一度もない。それに、穿いてるのも周りであんまり見たことないかなぁ」  半獣人や人魚には必要ないだろうし、角持ちからも羽持ちからも「パンツを穿いてる」って話は聞いたことがなかった。 「そっか、そういうところも随分違うんだね。でも、パンツは穿いたほうがいいと思うよ」 「そうなの?」 「ほら、穿いてたらお腹が冷えないから風邪ひかないだろうし」 「パンツ穿いてなかったけど、風邪ひいたことないよ?」 「あー、そうだった。きみたちはそういう感じだったね。うーん、それじゃあ、大事なところが見えないようにするためとか?」 「大事なところ?」 「かわいいお尻とか、かわいいおちんちんとか」 「お尻が見えちゃ駄目なの?」  お尻が見えたら駄目だなんて初めて知った。大人の角持ちや羽持ちは裾が長い服やズボンを着たりするから見えないけど、他は結構丸見えだと思う。僕だって小さいときは裾の短い服しか着なかったから、お尻も雄の証も丸見えだった。でも、誰からもパンツを穿きなさいなんて言われたことはない。  それに、旅の途中で会ったネッソスのお兄さんなんてもっとすごかった。だって、歩くだけで大きな玉がブラブラ揺れるんだ。あんまり目立つから、玉が別の生き物みたいに見えたくらいだ。 「他はわからないけど、俺はちょっとドキドキするから隠してほしいかな」 「どきどき?」 「うん。かわいいからドキドキする」  かわいいからどきどきするって、どういうことだろう。でも、モクレンが隠してほしいって言うならパンツは毎日忘れずに穿こうと思った。  こんなふうに神様の塔でモクレンと暮らし始めて、もう二十回くらい昼と夜が過ぎた。もう少ししたら一カ月ってやつだ。  はじめは種をくれる誰かを探しにあちこち行ったりしていたけど、この塔も陸の端っこにあるからか近くには誰も住んでいなかった。そのうち「誰かを探すのは後でもいいかなぁ」なんて思って、それからはいつもモクレンと一緒にいる。  朝の散歩に行ったり昼寝をしたり、ご飯を作るのを手伝ったりするのも一緒。この前は塔の近くの草の上に寝転んで、二人で雲を眺めたりもした。 「二人だとつまらなくないし楽しいね」 「うん、二人は楽しいね」  そう言って笑ったモクレンと一緒に見た雲は、なんだかおいしそうでおもしろかった。  僕の髪の毛を切るのもモクレンがやることになった。モクレンは僕みたいにナイフでざっくざっく切るんじゃなくて、ハサミでチョキチョキ細かく切る。そういう切り方はお母さんと住んでいたときにも見たことがなかったからおもしろい。 「俺、もしかして美容師の才能があるかもしれない」 「びようし?」 「こういうふうに髪の毛を切ったりする仕事だよ」 「へぇ」  僕たちは大体自分で切るから、びようしっていうのは知らない。本当にモクレンは何でも知っていてすごい。それに髪の毛を切るのも上手だ。  モクレンが切ってくれるようになってから、いつも爆発したみたいにモコモコだった僕の髪はすっかりおとなしくなった。とくに巻き角の周りは角に引っかかったりしないようにって、絶妙な長さに切ってくれた。  そうやって綺麗に切ってくれた髪の毛を、モクレンはよく撫でてくれる。撫でながら「かわいいね」って言われると不思議な気持ちになった。胸が少しだけふわっとしてポカポカになる。たまにムズムズしてくすぐったいときもある。 (だからってわけじゃないけど、モクレンに髪を切ってもらうのは好きかな)  もちろんそれ以外のモクレンも好きだ。いまみたいに一緒にご飯を作るのも楽しくて好きだ。今夜食べるっていうじゃがいもの皮を剥きながら「僕もなかなか上手になったんじゃないかな」なんてニヤニヤしたくなる。 「そういえば、まそらはどうして海の向こうに行こうとしたの? 飛べないし泳げないなら大変だよね?」  毎日一緒にお風呂に入るから、モクレンは僕の背中に小さな羽があることを知っている。だけど角を見たときのように変な顔はしなかった。それどころか「キューピットみたいでかわいいなぁ」っていいながらニコニコ笑っていた。 (やっぱりちょっと変わってるよね)  変わっているとは思うけど、僕を変な目で見ないのは嬉しい。そういえば「きゅーぴっと」って何だろう。もしかして僕みたいに小さい羽の羽持ちがいるんだろうか。 「海、大変だったんじゃない?」 「クラーケンに会うまでは楽しかったよ。プカプカ浮いたクラゲも、いろんな色の魚も見たし。それにね、夜の空も楽しかった。星がピューッて流れるのもたくさん見たし、夜空は僕の一番のお気に入りかな」 「あはは、まそらはドームから空を見るのが好きだよね」 「うん、好き。僕、こんな羽だから飛べないでしょ? だから、代わりにいっぱい眺めるんだ。そしたら、何となく自分も飛んでいるような気持ちになれるからね」 「そっか」 「前に住んでた神様の塔から見る空も綺麗で好きだった。ご飯はネネが用意してくれてたから、いっつもベッドでゴロゴロしながら空を見てた」  神様の塔に着いたあと、僕は一度も外に出なかった。いつもお気に入りのドームを眺めて、そのまま眠るのが好きだった。そもそも外に出たいなんて思うこともなかった。  塔の中は最高だったし、ドームの空を眺めるだけで満足していた。つまらないなんて思うこともなくて、このままずっと神様の塔で暮らそうって本気で思っていた。 「快適に暮らしてたのに、どうして海の向こう側に行こうと思ったの?」  じゃがいもの皮をナイフでグーッと剥きながら、初めて無精卵を産んだ日のことを思い出す。 「僕ね、種をくれる誰かを探そうと思ったんだ」 「たね?」 「種をもらって卵を産んで、子どもを生もうって思った。だから、種をくれる誰かを探しに行こうと思って、それで海の向こう側を目指したんだ」 「え? 卵を産むって」  モクレンが、持っていたじゃがいもをテーブルの上に落っことした。どうしたんだろうって隣を見上げたら、大きくなった真っ黒な目がじっと僕を見下ろしている。 「卵を産むって、まそらが産むの?」 「うん。って言っても、まだ一回しか産んだことないけど」  真っ黒な目が、もっと大きくなった。もしかして僕みたいなごちゃ混ぜが卵を産むなんて信じられないんだろうか。でも、産んだのは嘘じゃない。  もう一度ちゃんと「僕、卵産めるよ?」って言ったら、モクレンの真っ黒な目がますます大きくなった。

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