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第6話 種、ください!

「はぁ、やっと落ち着いたかな」  そう言って、モクレンがコーヒーをひと口飲んだ。向かいに座った僕の前には、甘くておいしいホカホカのココアがある。  じゃがいもの皮剥きはまた後でってことになった。代わりに「少し落ち着こうか」って言ったモクレンがコーヒーとココアを用意してくれた。 「モクレン、大丈夫?」 「まそらが卵を産めるって言うから、ちょっと驚いたんだ」 「それって僕がごちゃ混ぜだから?」 「違うよ。卵を産むのはハルピュイアくらいだと思っていたんだ。それに、身近に卵を産む存在がいなかったからね」 「そうなんだ」  僕の周りには羽持ちが結構いたから、卵を産む話は珍しくなかった。だけど羽持ちがいないところで育ったなら知らなくてもしょうがない。そもそも僕だって卵から生まれたわけじゃないし、たまたまハルピュイアのお姉さんが近所に住んでいたから知っていただけだ。 「それに卵を産むハルピュイアは雌だよね? 雄でも卵を産むなんて驚いたな」 「あ、それは僕も驚いた。でも、コカトリスかバジリスクの雄が産んだのは知ってたから、たぶん僕のお父さんにどっちかがいたんじゃないかな」 「あぁ、多淫なお母さんで周りには雄がたくさんいたんだっけ」  タインっていうのは知らないけれど、お父さんがたくさんいたのは本当だから「うん」って頷く。 「コカトリスもバジリスクも雄鶏(おんどり)が元になっていたような気がするけど、まぁなくはない話か」 「おんどり?」 「雄の鳥って意味だよ。それにしても、まさかこんなかわいい子どもが卵を産むなんてなぁ」  そんなことをしみじみ言いながらコーヒーを飲んでいる。落ち着いたのはよかったけど、最後の言葉に「あれ?」と思った。  もしかして、モクレンは僕のことを子どもだと思っているんだろうか。それなら違うって教えてあげないといけない。 「モクレン、僕、子どもじゃないよ。二年くらい前に成体になった。えっちなこともできるし、だから卵も産めたんだ……って、大丈夫?」  コーヒーを飲んでいたモクレンの口からブフッて変な音がした。ゴホゴホ苦しそうに咳までしている。 「大丈夫?」 「ゴホゴホ、ゴホッ、うん、ゴホ、大丈夫。驚いただけ、ゴホッ、だから」 「驚いたって、僕そんな子どもに見える? そりゃあ普通の角持ちや羽持ちよりは体が小さいけど、でももう立派な雄なんだけどなぁ」  たぶんごちゃ混ぜだから体が大きく育たなかったんだ。他にも体が小さい種類はいるけど、角持ちでこんなに小さい体はいない。この見た目のせいもあって、旅をしている間もジロジロ見られたりヒソヒソ話をされたりした。角があるのに小さい体で成体の匂いがするっていうのが、みんなの目には変に見えるんだろう。 (それにモクレンは大きいから、余計に僕が小さく見えるのかもな)  モクレンはとても大きい。隣に並んで立つと、僕の頭はモクレンの胸くらいしかない。だからモクレンは子どもだって勘違いしたのかもしれない。 「そんな小さな体で成人してるとか卵を産むだとか、さすがに倫理違反じゃないかな。いや、そもそもこの世界に倫理なんて言葉は残ってないか。それ以前に種族の違いも途中で変化があったみたいだし」  また難しい話だ。モクレンは、たまにとても難しい話をする。僕にはさっぱりわからないから、こういうときは天井のドームを見て空を眺めるようにしていた。それならモクレンの邪魔にはならないし、僕もつまらなくない。 (あ、すごくでっかい鳥が飛んでいった)  いまのはロック鳥だったかもしれない。 (いいなぁ、僕もああやって飛んでみたかったなぁ)  そんなことを思いながらドームを眺めていたら「まそら」って呼ぶ声が聞こえた。 「まそらは、卵を産むために海の向こうに行こうとしていたってこと?」  ドームからモクレンに視線を戻したら、真っ黒な目がじっと僕を見ていた。すごく真剣な目をしているけど、どうしたんだろう。 「うん。っていうか、種をくれる誰かを探しに行こうと思ってたんだ」 「たねって、さっきも言ってたよね?」 「うん。だって種がないと無精卵しか生まれないでしょ? それだと卵から子どもは生まれないから、だから種をくれる誰かを探そうと思ったんだ」  また真っ黒な目が大きくなった。 「あー、なるほど。たしかに雌鶏でも有精卵を産むには……って、それって結婚相手、ええと、番う相手を探してたってこと?」 「違うよ。種をくれる誰かだよ。僕、ごちゃ混ぜだから旦那さんになってくれる誰かはいないと思うんだ。それで種だけくれる誰かを探そうと思ったんだ」  僕みたいな角持ちでも羽持ちでもないごちゃ混ぜは、どの種類からも大体は変な目で見られる。旦那さんになってくれる誰かなんて、まずいない。「だから子どもを生むために種だけくれる誰かを探そうと思った」ってモクレンに話した。 「それって、セックス……じゃなかった、えっちをしてくれる相手を探そうと思ってたってこと?」 「うん。一回で子どもが生まれる卵を産めるかわからないから、何回か種をくれる誰かが見つかるといいなぁとは思ってる。まぁ種をくれるなら、一人じゃなくてもいいんだけどね」 「一人じゃなくてもって」 「僕、ごちゃ混ぜだから何回も種をくれる一人がいるとは思えないんだ。だから、くれることが大事ってこと。服を着たままなら一応角持ちに見えるし、それだったら種だけくれる誰かはいるんじゃないかなって思って。服をめくってお尻だけ出してれば、背中の羽は見えないし」  今度は難しい顔をして「うーん」って唸り始めた。モクレンは、たまに難しい顔をしたり唸ったりすることがある。  この前、お風呂で洗いっこしていたときもそうだ。僕のより立派な雄の証がうらやましくて両手でちょっと触っただけなのに、「こら」って言った後でしばらく唸っていた。雄同士なんだし、雄の証を触られたくらい気にしなくていいのに。 「思っていたよりも大変な世界になってるな。いや、これも空想と妄想が入り交じった結果なんだろうけど」 「モクレン?」  また難しい話が始まるんだろうか。それならベッドに寝転がって、のんびりドームの向こう側を眺めたい。 「あぁ、うん、大丈夫。なんとなく状況は掴めたから。それで、もう種をくれる相手を見つかった?」 「ううん、まだ。本当はここに住んでる間に探そうと思ってたんだけど、ここも周りには誰も住んでないみたいだから後で探そうかなって思ってるところ」 「後でってことは、ここを出て行ってから探すってこと?」 「うーん、いつかはそうしようと思うけど、いつになるかはわかんないや。それに、いまはモクレンと一緒にいるほうが楽しいし」  一人ぼっちで神様の塔に住んでいたときはつまらないって思っていたけど、いまはつまらないなんて少しも思わない。つまらないから子どもを生もうと思っていただけで、いまは楽しいから子どもは後回しでいいんだ。 「あ、もしかして、僕がずっとここにいるのはだめ? そろそろ出て行かないと困る?」  モクレンはどこかに行きたくなるまでいていいって言ってくれたけど、ずっといていいとは言わなかった。もし僕がいて困るなら、残念だけど出て行くしかない。 「モクレン?」  拳を口に当てて考え込んでいたモクレンが「うん」って言って僕を見た。 「まそらは、種をくれる相手にこだわりはないんだよね? それって角がなくても羽がなくてもいいってことかな?」 「うん。でも半獣人とか人魚とかはえっちのやり方が違うと思うから、たぶん無理かなぁ。二足歩行の獣人ならできると思うけど、獣人って雄の証が大きかったりトゲトゲがあったりするから、ちょっと怖いんだよね。ティタンやスルトは体が大きいぶん雄の証もすごく大きいから、僕のお尻じゃ絶対にケガしちゃうし」  またモクレンが難しい顔になった。変なことは言ってないと思うんだけど、どうしたんだろう。  相手の雄の証を気にするのは、えっちをするとき誰もが考えることだ。とくに僕は種をもらう側だから、雄の証の形やトゲトゲの有無、それに大きさはとても重要になる。こういうことを誰かに教えてもらったことはないけど、成体になったら自然とわかるようになった。 「ねぇ、まそら」 「なに?」 「もしも俺が種をあげるって言ったら、どうする?」 「ふぇ?」  びっくりして変な声が出てしまった。 「俺の種じゃ、嫌?」  モクレンがコテンって首を傾げながら僕を見ている。  それって、僕とえっちなことをして種をくれるってこと? 僕がこんなごちゃ混ぜだって知っているのに、種をくれるってことだろうか。 「俺じゃ、嫌?」  もう一度聞かれて、僕は慌てて首を横に振った。 「い、嫌じゃないよ!」  ごちゃ混ぜだと知っているのに種をくれる誰かなんて、この先いくら探しても見つかりっこない。それに僕は、モクレンのことが結構気に入っているんだ。  本当は僕だって気に入った相手の種がいいなと思っていた。お母さんみたいにたくさんの旦那さんはいらないから、代わりに気に入った誰かの種がほしいって思った。そのほうが、卵から子どもが生まれたときに楽しいだろうなって思ったからだ。  だから種をくれる相手がモクレンなら、すごく嬉しい。モクレンとの子どもなら絶対につまらなくないだろうし、大事にできると思う。 「じゃあ、俺の種をもらってくれますか?」 「は、はい! ください!」  大きな声で返事をしたら、モクレンが「よかった」ってにっこり笑った。

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