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第8話 もしかして、神様?
「結論から言えば、まそらは有精卵、ええと、子どもが生まれる卵を産めるよ」
よかった。ごちゃ混ぜの僕でも、ちゃんと子どもが生まれる卵が産めるんだ。いつもより少し遅い朝ご飯を食べながら、調べてくれたモクレンの話を聞いた。
「おちんちんから種も出たし、体はちゃんと成熟しているみたいだしね」
「おちんちん」
持っていたパンを口に入れて、モグモグ食べながら座ったまま服の裾をペラッとめくる。
パンツの中にしまってある雄の証を、モクレンは「おちんちん」って呼ぶ。初めて聞いたときは変な言葉だなと思った。でも、いまはモクレンが「おちんちん」って言うたびに雄の証が少しだけムズムズする。
「種が出たら、子どもが生まれる卵が産めるの?」
パンツを見るのをやめてモクレンの顔を見た。
「ちょっと違うけど、成体の成熟度合いから考えればそういうことかな。それに、ちゃんと産卵道から分泌液も出てたしね。本にはそこまで詳しくは書いてなかったけど、類推するとそういうことじゃないかな」
モクレンの話はやっぱり難しい。天井のドームを見ないでちゃんと聞いているのに、難しくてよくわからなかった。
「難しくてわかんないや」
「わからなくても大丈夫だよ」
「モクレンって、本当になんでも知ってるね」
「最初はそれほどきみたちのことに詳しくはなかったんだ。元々ファンタジーやSFは専門外だったからね。ただ、ここにはその手の本が溢れるほどあるし、いくつか読んで推測はできたかな」
「本って、隣の部屋にある本のこと? あれが読めるの?」
へんてこな線やうねった線の文字は見たことがなかった。だから僕には読むことができない。きっと神様の本なんだと思っていたんだけど、それをモクレンは読めるんだ。
「モクレンって、すごいね」
「すごい?」
「だってここにある本、神様の本でしょ? 知らない文字ばっかりだし、それが読めるなんてすごいね!」
コテンって首を傾げていたモクレンが「あぁ、そうか」って笑った。
「この世界にはいくつかの文字しか残ってないんだっけ。じゃあ、ほとんどの本は読めないのか」
「僕、旅をしてるときに神様が住んでた遺跡にも行ったことあるけど、そこにあった本は誰も読めなかったよ?」
「じゃあ、どうしてそこが神様の住んでいたところだってわかったの?」
「……あれ? そういえば、何で遺跡だってわかってるんだろう? でも角持ちも羽持ちも、みんな神様が住んでたんだって言ってた」
だから半獣人も人魚も二足歩行の獣人も、神様がいたことを知っている。神様が住んでいた遺跡も神様の塔のことも、みんなが知っていた。
「なるほど、潜在的な部分で俺たちのことが組み込まれているってことか。それにしてもよりにもよって神様だなんて、いかにもらしい けど」
笑っているモクレンの顔がいつもと違って見えた。笑顔なんだけど、怒っているのに笑っているみたいな感じだ。それなのに泣きそうな感じにも見える。
「それにしても、大量の本が残っていてよかったよ。これがデジタル媒体だけだったら何も読めないところだった。一時期は効率化だのエコだのですべてデジタル化すべきだなんて声高に言われてたけど、結局遺物としてはアナログが勝つんだよなぁ。そもそもデバイスが使えなくなったら、いくらメモリーが生きていても中身を見ることなんてできないのにね。あぁいや、ファンタジー系の本が目立つってことは、娯楽の類いはデジタル化する必要すらないって判断された可能性もあるのか」
また難しい話だ。さっぱりわからないけど、卵に関係した話だろうからきちんと聞かないといけない。そう思ってモクレンの顔をじっと見ていたけど、やっぱりよくわからなかった。
「神様の本に、僕のことが載ってたの?」
「いまのきみたちのことじゃないけど、古今東西の伝承や神話の本はたっぷりあったから、大体はわかったかな」
「それって、モクレンは神様の本が全部読めるってこと?」
「そうだなぁ。一応、三カ国語は読み書きできるから、残ってる大抵の本は読めるかな」
「さんかこく?」
「三つの種類の言葉だよ」
それって、神様の言葉を三つも読めるってことだ。
「三つも言葉が読めるなんて、すごいね!」
僕たちは姿が違っても大体同じ言葉を使っている。でも、獣人や人魚は自分たちしか使わない言葉も使う。そういう言葉は角持ちや羽持ちには理解できない。ティタン同士も難しい言葉を使うし、半獣人も鳴き声だとさっぱりだ。たぶん、同じ言葉だけを使うのは角持ちと羽持ちくらいしかいなんだと思う。
それなのに、神様の言葉が三つもわかるモクレンは本当にすごい。
「あ! もしかしてモクレンって、神様? だから神様の言葉がわかるの?」
いろんなことを知っているし神様の言葉が読めるってことは、神様に違いない。神様だからいろんなことが何でもわかるってことだ。
「モクレンって、神様だったんだ! すごいね、僕、初めて神様に会ったよ!」
すごいすごいって手を叩いて喜んだんだけど、モクレンは少し困ったような顔をした。
「もしかして、神様ってことは秘密だった? 僕に知られちゃ駄目だった?」
「うーん、そうじゃないけど、どう説明したらいいのか……。そもそも俺たちの存在は知らないだろうし、この世界を構築したであろう事象やシステムは俺も詳しくわからないから説明するのが難しいんだ」
「神様のことはわからないけど、でもみんな神様がいたってことは知ってるよ?」
「うーん……まぁ、いいか。俺もまそら以外とは会うこともないだろうしね」
それって、神様は隠れていないといけなかったってことなんだろうか。だから神様の塔は陸の端っこにあって、周りには誰も住んでいないんだ。
それなのに僕は二つの神様の塔に入ってしまった。前の塔には誰もいなかったけど、ここにはモクレンがいる。誰にも見つからないように一人で住んでいたのに、僕が来てしまった。
「……僕、ここから出て行かないと駄目?」
「どうして?」
「だって、ここは神様が住むところなんでしょ? 僕たちに見つからないように住む場所だからこんな端っこにあって、周りに誰も住んでないんだよね?」
「設計者たちの思惑はわからないけど、俺としては、まそらにはここにいてほしいかな」
「いいの?」
「うん。っていうより、いてほしい。もう一人には戻れそうにないからね」
そっか、やっぱり神様でも一人ぼっちはつまらなかったんだ。
「まそらに会って、俺は孤独を思い出したんだ。そういうことがないようにここは設計されているはずなのに、やっぱり俺たちは一人では生きていけないんだって、よくわかったよ」
「そりゃあ神様だって、一人ぼっちはつまらなくなると思うよ? 僕みたいなごちゃ混ぜでも、一人ぼっちはつまらなかったし」
「あはは、そうだね。うん、これからも、俺はまそらと一緒にいたい」
モクレンの大きな手が僕の頭を撫でた。頭を撫でてくれたのはモクレンが初めてだったけど、胸がホカホカして嬉しくなる。
「あ!」
「どうした?」
「モクレンに種をもらうってことは、僕、神様の子どもを生むってこと?」
種をくれるなら誰でもいいけど、相手が神様になるなんて思わなかった。それに僕が神様の子どもを生めるのかもわからない。
「僕、神様の種でも子どもの卵、産める?」
「たぶん俺の種でも産めるはずだよ」
「ほんと?」
「俺とえっちなことができればだけどね」
「できるよ! 僕、モクレンとえっちなこと、いっぱいできる!」
「あはは、いっぱいかぁ。うん、それはいいね」
今度はいつも見ている笑顔だ。ニコニコしたモクレンを見ると、僕までニコニコになる。ニコニコ笑っていたら、モクレンはもっとニコニコになって僕を見ていた。
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