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第10話 神様は僕のもの!

 初めて種をもらってから、何日かに一回モクレンが種をくれるようになった。本当は毎日ほしかったけど、僕の体はまだ種をちゃんと貯めておけないから何日かに一回から始めることにしたんだ。 「そっかぁ。僕の体が小さいせいでもらった種がこぼれちゃうのかぁ」 「まぁ、うん、そんなところかな」  朝ご飯を食べた後にもらった種が、またお尻からこぼれてしまった。歩くとトロトロ流れてしまうから、これじゃあパンツがすぐに汚れてしまう。そんな僕を見て「種をもらった後はお風呂に入ろうね」と決めたのはモクレンだ。 「まそらに子宮とか直腸とか言っても、わからないよな。それに、まそらのは子宮とは違うんだろうし。そもそも彼らにアナルセックスとか理解できるんだろうか」  僕のお尻を洗っているモクレンが、また難しい話を始めた。本当はちゃんと聞いたほうがいいんだろうけど、モクレンの指がお尻の中でモニョモニョ動くのが気になって全部耳の外に出てしまう。 「ひゃぅっ。モクレン、そこ、押しちゃ、駄目だってば」 「うん? ここ?」 「やん! だめって、言ったぁ!」 「あはは、ごめんごめん。まそらがあんまりかわいい声で鳴くから」  お尻の中に残っている種を出していたモクレンの指が、やっとお尻から出て行った。こうやって種を出してしまえばパンツは汚れなくなるけど、洗うときの意地悪はちょっと困る。いじったら駄目だって何度も言っているのに、モクレンはいつもそこをいじるんだ。  そこをいじられると、僕はすぐに気落ちがよくなって雄の証から種が漏れてしまう。せっかく綺麗に洗ったのに、また洗わないといけない。 「もうっ」 「あはは、ごめんね?」 「今度したら、僕怒るからね」 「うん、わかった」  本当かなぁとじぃっとモクレンの顔を見たけど、本当か嘘かよくわからない。だけどモクレンは神様だし、種をくれる大事な相手だから許してあげることにした。  モクレンにお湯をザブンとかけてもらって、僕が先にお風呂を出る。体をゴシゴシ拭いている間にモクレンも出てきて、僕より先に体を拭き終わった。そうしてパンツを穿いている間にモクレンが羽を拭いてくれるんだ。本当は何度かパタパタすれば乾くんだけど、羽を触ってもらうのが気持ちよくて黙っていることにした。 (ハルピュイアのお姉さんが「羽繕いしてもらうのは最高よ」って言ってたけど、本当だった)  コカトリスだかバジリスクだかのお兄さんは、羽の付け根を触ってもらうのが気持ちいいって言ってたっけ。 「はい、髪の毛も乾いたよ」 「ふぇ?」  羽のことを考えていたら、なんと髪の毛まで乾いていた。 「この前切ったときに、少しすいておいたんだ。おかげで乾かすのも早くなった」 「やっぱりモクレンってすごいなぁ。何でもできるし何でも知ってるし」  草花や生き物のことにも詳しくて、この前は珍しいサナギも見つけた。 「あ! そろそろあのサナギ、蝶々が出てくるんじゃない?」 「そういえば、そろそろかな」 「僕、先に見に行ってるね!」 「つまずかないように気をつけて。俺は温かいお茶を用意して持って行くから」 「うん、わかった!」  モクレンが作ってくれた前ボタンの服を着てから、大急ぎで部屋を出た。服の下で羽をパタパタさせていい感じの位置に戻しながら、塔の階段を駆け下りる。 (モクレンが作ってくれたサンダル忘れちゃったけど、まぁいっか)  僕は裸足のまま塔の下のドアを開けて、海のすぐそばに生えている背の低い木に駆け寄った。 「よかった、まだだ」  何本も生えている木の一本に、僕の頭くらいの大きさをした茶色い塊がくっついている。はじめは泥の塊かと思ったけど、モクレンが「これはサナギだね」と教えてくれた。  こんな大きなサナギは生まれて初めて見た。どんな蝶々が出てくるのか知りたくて、二人で出てくるところを見ようって話をした。 「あ、動いた」  昨日よりも少しだけ濃い茶色になったサナギが少し揺れた気がする。動いたってことは、蝶々が出てこようと準備しているのかもしれない。 「もう出てくる? モクレンが来るまで待てる?」  せっかくだから出てくるところはモクレンと一緒に見たい。それまでサナギは待ってくれるかな、なんてことを考えながらじーっと見る。 「あら? なんだか変わった匂いねぇ」 「え?」  急に女の人の声が聞こえてきてびっくりした。キョロキョロしたら、海の中から何人ものお姉さんたちが僕を見ていてさらにびっくりした。 「角持ちの子どもかしら? それにしては変わった匂いねぇ」 「本当に変わった匂いだこと。でも、いい匂いだわ」 「あら、本当? ……あらあら、たしかにいい匂い」 「芳しくて、とてもいい匂いね」 「何の匂いかしら」 「雄の匂いにしては変わっているけど、とてもいい匂いだわ」  お姉さんの一人がパシャンと水を蹴って近づいてきた。尻尾は半透明で、中に足が見える。 (ってことは、きっとネレイデスだ)  ネレイデスのお姉さんたちは、海で泳ぐときに二本足を薄い膜みたいなもので覆って魚の尾びれみたいにする。そうすると海の中でも自由に速く泳げるんだって、旅の途中で出会ったレモラのおじさんに教えてもらった。レモラのおじさんはネレイデスのお姉さんたちが苦手みたいで「あいつらは、いつも姉妹でたむろってるんだ」って話していた。 「ねぇあなた、いい匂いね」 「僕?」 「えぇ、そうよ。アウトノエーもそう思わない?」 「えぇ、プロートー」 「ドートーはどうかしら?」 「わたしもいい匂いだと思うわ。ネーサイエーは?」 「いい匂いね。これはただの雄の匂いじゃないわ」 「エウリュディケもそう思う?」 「えぇ、とってもいい匂い」  おへそくらいまで海の上に出ているお姉さんたちが、僕をじろじろ見ながら話をしている。みんなお母さんと同じくらい大きなおっぱいで、髪の色は僕のよりもずっと濃い青色だ。海に棲むお姉さんたちに会うのは初めてだけど、みんなお母さんくらい美人だと思った。 (でも、ちょっと怖いかも)  何個もの暗い青色の目が僕をじっと見ている。赤い唇は笑っているけど、それも何だか怖い。 「ねぇあなた、いい匂いね」 「お風呂に入ったばかりだから」 「あら、石鹸の匂いじゃないわ。これは雄の匂いよ」 「僕は雄だけど、そんなこと言われたことないよ」 「本当に? こんなにいい匂いなのに?」 「え? なになに、ちょっと待って」  海からバシャンと飛び出たお姉さんの一人に右腕を掴まれて、グイッと引っ張られた。慌てて踏ん張ったけど、お姉さんの力のほうが強くてどんどん海に引きずられてしまう。別のお姉さんまで左腕を引っ張り出して、足首まで海の中に入ってしまった。 「ねぇ待って。僕、泳げないんだって」 「あら、大丈夫よ? わたしたちが上手に海を渡してあげるから」 「その前に、ちょっと味見をさせてちょうだい」 「大丈夫、痛くないわ。あなたの雄の証を少し食べるだけだから」 「え!? 僕の雄の証を食べるの!?」 「ふふっ、大丈夫よ。パクッとするだけよ」 「そう、パクッとするだけ」 「あとはニュルッとするくらいかしら」 「そうね、ニュルッとして気持ちがいいのよ」 「待って、僕、パクッもニュルッもいらないよ!」  気がついたら膝の下くらいまで海の中に入っていた。必死に両足で踏ん張っているのに、お姉さんたちの力には敵わなくて素足がズルズルと水の中を滑っていく。 「待って! 僕、本当に泳げないんだって! 海は無理! またグルグルになっちゃうから無理だって!」  本当に怖くて必死に叫んでいるのに、お姉さんたちは手を離してくれない。 (どうしよう! このままじゃ本当にパクッて食べられる!)  怖くてどうしようもなくなった僕は、思わずぎゅうっと目を瞑った。そんな僕に「あら、かわいいわね」って言ったお姉さんたちが、ますます腕を強く引っ張る。モクレンに「かわいい」って言われるのは好きだけど、お姉さんたちに言われると背中がゾッとした。 「ちょっと、本当に無理なんだってば!」  もう一度叫んだら、お腹の辺りに何かが巻きついたのがわかった。そうしてグイッと後ろに引っ張られて、ひょいっと抱っこされる。びっくりして目を開けたらモクレンだった。 「モクレン!」  地面に足がつく前に抱きついた。怖くてたまらなかったけど、モクレンが来てくれたらもう怖くない。 「大丈夫?」 「うん、大丈夫……って、服が少し濡れちゃった」 「帰ったら着替えようか」  そう言いながら背中をポンポンと撫でてくれる。 (モクレンも力持ちだったんだ)  あんなに力が強いお姉さんたちに勝つなんて、やっぱりモクレンはすごい。いつもは優しく撫でてくれる手が、あんなに力持ちだったなんて初めて知った。 「あら、別の雄?」  海のほうからお姉さんの声がした。 「こっちの雄から、もっといい匂いがするわ」 「じゃあ、いい匂いはこっちの雄の匂いだったのかしら」 「きっとそうよ。角持ちの子どもが、こっちの雄に種をもらったんだわ」 「まぁ、もったいない。こんな子どもよりわたしたちのほうが、よっぽど上手に種をもらうのに」 「ずっと気持ちよくもしてあげるわ。わたしたちの穴は、とても具合がいいのよ」  お姉さんたちが段々お母さんに見えてきた。お母さんもいまみたいなことを言って、お父さんたちとえっちなことをたくさんしていた。ということは、お姉さんたちはモクレンとえっちなことをしようとしているに違いない。  そう思ったら頭がカッカとした。だって、モクレンとえっちなことをするのは僕だけだ。 「だめーっ!」  お腹に力を入れて、思い切り大きな声を出した。 「きゃっ」 「なぁに、大きな声を出して」 「嫌な鳴き声ね」  陸に近づいていたお姉さんたちがぴたりと止まって僕を睨んでいる。たくさんの目に睨まれるのは怖かったけど、僕だって負けるわけにはいかない。 「モクレンは僕のだから、絶対に駄目! モクレンとえっちなことをしていいのは僕だけだからね!」 「まぁ、こんないい匂いの雄を独り占め?」 「子どものくせに生意気だわ」  お姉さんたちが尾びれをバシャバシャして威嚇してきた。顔も尾びれも怖いけど、だからってモクレンは絶対に渡さない。 「お姉さんたちには絶対に渡さない! モクレンは僕のものなの!」  僕はお腹にグーッと力を入れて、大きな声で叫んだ。

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