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第13話 二度目の卵

 初めて卵が産まれるほうに種をもらった僕は、生まれて初めて熱を出した。これまで一度も熱なんて出たことがなかったから、気づかなくて焼きたてのパンをもぐもぐ食べていた。 「ねぇまそら、熱があるんじゃない?」 「ふぇ?」 「いつもより空色の目が潤んでる」  モクレンの手が伸びてきて、僕のおでこにぴたっとくっつく。 「冷たくて、気持ちいー」 「うん、やっぱり熱がある」  熱が出た僕は、朝ご飯を食べてからまたベッドに戻ることになった。それから昼と夜が五回過ぎる間、僕はベッドの上でゴロゴロすることしかできなかった。元気だからと言っても、モクレンは「まだ寝てなさい」と言うばかりでゴロゴロしかやることがない。  そうして六回目の昼が来た。 「体はだるくない?」 「平気。ボーッともしないよ」 「……うん、熱は下がったみたいだね」  おでこに触っているモクレンの手が少しだけひんやり感じる。でも冷たくて気持ちいいって感じはしなかった。 「もう起きてもいい?」 「うーん、今日まで寝ていようか。きみたちの体調はよくわからないから、念には念を入れておこう」 「……わかった」  またつまらない一日になる。そう思ったけど、モクレンが心配しているのがわかっているからごろんと寝転がった。  ゴロゴロしながらドームの天井を見る。大きな翼をした鳥たちがピューッとドームの向こう側を横切った。鳥なのに鹿みたいな角が見えたから、たぶんペリュトンだ。 「空を飛べるっていいなぁ」  そんなことを思っていたら、お腹の奥がキュウッと痺れたような気がした。「あれ?」と思っている間にもどんどんギューッてし始める。最初は痺れているような感じだったのに、段々痛くなってきた。 「これって……」  ギューッとなった後にジンジンして、またギューッと痛くなる。まるで初めて卵を産んだときみたいだ。もしかして卵が産まれるのかもしれない。そう思ってモクレンに言おうと口を開いたけど、急に痛みが強くなって言葉が出なかった。 「いた、イタタ」 「まそら?」 「イタタ……」  ギューッとしてジンジンして、またギューッとする。これは間違いなく卵が産まれる前だ。だけど最初のときよりももっと痛い。もしかしたら卵が大きいのかもしれない。そう思ったら、ますます痛くなってきた。 「イタタタ!」  痛くて痛くて、最初のときのように横向きになって体をギュッと丸くした。それでも痛みは強くなる一方で涙が出てきた。 「まそら、どうしたの!?」  そうだ、モクレンに卵が産まれるんだって言わなくちゃ。でも、痛くてうまく声が出ない。 「まそら! 大丈夫!? お腹、痛い!?」  モクレンがびっくりするくらい慌てている。 (卵が産まれるんだよって、教えなきゃ) 「まそら!」 「だい、じょぶ。……たまご、うむ、イタタ……」  だめだ、痛くてもう話せない。モクレンに伝わったかな、大丈夫かな……そう思っていたら、握り締めていた両手に大きな手が被さった。 「卵が産まれるってことだね?」  モクレンの声に、なんとか小さく頷く。  僕が覚えているのはそこまでだった。それからは、とにかくお腹が痛くて大変だった。何度も何度も痛くなって、そのうちお尻もジクジクし始める。痛くて何も考えられないけど、いよいよ産まれるんだということはわかった。 (もし本当に大きい卵だったら、どうしよう)  こんなに痛いのは前の卵より大きいからだ。もしかしたらお尻が裂けてしまうかもしれない。そう思えば思うほど痛くなって、ずっと「痛い、痛い!」って泣いていたような気がする。「痛い」って叫ばないと我慢できないくらい痛くて、頭も目もぐるぐる回った。  痛いのは嫌だと思いながらぎゅううっと力を入れたとき、お腹の奥からお尻に向かって強烈な痛みが走った。お腹の奥がとんでもなく痛くて、それがグググッて感じでお尻に向かっていく。 (もぅ、むりぃ……!)  そう思った瞬間、またもやスポン! と、痛いのが消えた。 「……産まれ、たぁ……」  死ぬかもって思うくらい痛かったのに、産んだら途端に平気になる。体のあちこちに力を入れすぎてガチガチに固まってしまった感じはするけど、痛みがなくなったぶん嘘みたいに楽になった。 「ふぅ」  大きく息を吐いてから、そうっと目を開ける。そうしたら、ものすごく心配そうな顔をしたモクレンが僕を見ていた。気のせいじゃなければ真っ黒な目がキラキラ光っている。 「モクレン、泣いちゃった?」 「少しだけ。まそらがものすごく痛そうにしているのを見たら、俺も痛くなってきて」 「あはは。モクレンって、やっぱり変わってる」  僕を心配して自分まで痛くなるなんて変わっているなぁとは思うけど、そんなふうに心配してくれたことは嬉しい。 「もう痛くない?」 「うん、もう平気。……よっこらせっと」 「動いて大丈夫?」 「前のときもすぐ動けたよ。……あった」  起き上がってお尻のあたりをゴソゴソしたら、ホカホカで少しヌルッとした卵があった。体にかけていた毛布を剥ぐと……うわぉ。なんだか盛大にお漏らししたみたいになっている。そのくらいグッショリ濡れたベッドの上に、真っ白な卵が一個あった。 「やっぱり、前のより少し大きいかも」  両手で持った卵は、初めて産んだ卵よりちょっとだけ大きい。 「これが、まそらが産んだ卵」  モクレンがものすごく真剣な目で卵を見ている。 (もしかして、ラミアーのお姉さんたちみたいに食べようとか思っているんじゃないよね?)  そんなことになったら大変だと思いながら卵をそっと持ち上げた。 「うーん……うーん……」  前と同じように両手で持ち、ドームにかざしながらクルクル回す。何度も光りにかざしながら「もしかして」と思った。大きさは少し違うけど、中身は前の卵と一緒だ。ってことは、つまり……。 「これ、無精卵だ」  どうしてわかるのか僕にもわからないけど、これは無精卵で間違いない。僕の体が無精卵だって言っている。 「モクレンの種、もらったのに」  せっかくたっぷり種をもらったのに、子どもが生まれる卵じゃなかった。あんなに痛かったのに無精卵だった。 「種、もらったのに……」  両手で持った卵を膝に置いて俯く。そうしたらポタポタと卵に涙が落ちた。殻に落ちる涙を見たら、もっと泣けてきた。 「まそら」  モクレンの大きな手が優しく頭を撫でてくれた。いつもならそれだけで嬉しいのに涙が全然止まらない。 「まそら、大丈夫だよ」 「でも、無精卵、ヒック、だった」 「初めてだったからね」 「種、もらった、ヒック、のに、」 「たぶん、はじめのうちは子どもが生まれる卵って産まれにくいんじゃないかな」 「……種、ヒック、もらって、も?」  頭を上げたら、モクレンがフワフワのタオルで顔を拭いてくれた。 「はじめてだから、体も慣れていないだろうしね。ハルピュイアも無精卵を産むことがあるよね?」  そういえば、旦那さんがいるハルピュイアのお姉さんも無精卵を産んでいた。コカトリスだかバジリスクだかのお兄さんも、旦那さんがいたけど産んだのは無精卵だった。 「……そっか」  種をもらっても、すぐには子どもが生まれる卵は産めないんだ。それがモクレンの、神様の種でも同じなんだ。そう思ったら、ようやく涙が止まった。 「大丈夫。まそらはきっと素敵な卵を産むよ」 「うん」 「それに、種ならいつでもたっぷりあげるから」 「……うん」  お尻の奥をゴチュゴチュされたことを思い出したら、あんなに痛かったお腹の奥がキュンキュンした。キュンキュンしたせいか、お尻からヌルヌルしたものが漏れてきてびっくりした。 (ベッドが濡れててよかった)  あんなに「痛い、痛い」って泣いていたのに、もうえっちなことをしたくなっているなんてさすがにどうかと思う。こんな状態をモクレンが知ったら呆れるんじゃないかとも思った。モクレンにそう思われるのは、ちょっと嫌だ。  僕が一人で動けるとわかったモクレンは、グッショリ濡れたベッドの片付けを始めた。その間に僕は一人でお風呂に入ったんだけど、お尻の奥がキュンキュンするのが止まらなくてこっそり指を入れてクチュクチュしてしまった。

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