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第16話 いざ、産卵!
卵の部屋に種をもらった次の日も、その次の日も、モクレンは約束どおり種をたっぷりくれた。種をもらうとお腹がポカポカするって言ったら、びっくりしたモクレンが神様の本で何かを調べ始めた。
「たぶん卵ができる過程だとは思うけど、これも推測だからなぁ」
もし子どもが生まれる卵ができているなら嬉しい。そう思いながらお腹を撫でていたら、モクレンが新しいタオルを持って来た。それをモクレンが作ってくれた産卵場所に敷き詰めている。産卵場所って言っても小さなベッドにフカフカのタオルをたくさん敷き詰めたもので、僕専用のベッドみたいな感じだ。
モクレンは毎日フカフカ具合を確かめて、敷き詰めたタオルを何度も入れ替えたり増やしたりしている。どんな場所で産んでも変わらないと思うんだけど、モクレンは「卵を産むときすごく痛そうだったから、せめてベッドを気持ちよくしたいんだ」と真剣な顔だ。
(やっぱり、モクレンって変わってるなぁ)
それとも神様だからだろうか。お母さんはベッドの上で僕を生んだりしなかった。床の上にビチャンと生んで、白っぽい膜を取った後はそのままだった気がする。お父さんたちなんて、生まれた僕をチラッと見ただけで声をかけることすらしなかった。
(誰がお父さんかわからなかったからだろうけど)
角持ちも羽持ちも大体そんなふうに生まれる。生まれた後、お乳をあげたり世話をしたりする羽持ちもいるけど、角持ちは生んだままが多い。だから角持ちも羽持ちも勝手に大きくなるし、僕も勝手に大きくなった。
モクレンは僕たちがこうやって生まれて育つのを知っている。それなのに「まそらと俺の大事な子どもが生まれる卵だから」と言って毎日タオルの交換をした。そんなモクレンを見ていたら、どうしてかお腹がポカポカした。
(僕も、モクレンとの卵だから大事に産みたいかな)
その後もモクレンからたっぷり種をもらい続けた僕は、七回目の種をもらったあと熱を出した。熱が出て、昼と夜が六回過ぎた朝早くにお腹がおかしいことに気がついた。
「卵が産まれるんだ」
僕は急いでモクレンに伝えようとしたけど、今回も間に合わなかった。前よりもすぐに痛みが強くなって言葉が出なくなる。
それでもモクレンはすぐに気づいてくれた。痛みに体を丸くしている僕を抱き上げて、フカフカな産卵場所にそっと連れて行ってくれた。
「イタタタタ……」
「まそら」
心配そうな目で僕を見ながら、汗ぐっしょりの顔と首をフカフカのタオルで拭いてくれる。
「イタタ、イタタ!」
「まそら」
僕が痛いって言うたびにギュッと手を握ってくれた。それだけで僕は大丈夫だと思った。「がんばるからね」と思いながら、モクレンの手をギュッと握り返す。
しばらくすると、ギューッとしてジンジンして、お腹を棒でグリグリこねくり回されるように痛くなってきた。お腹の奥を棒がグリグリねじって、ゴンゴン押して、またグリグリねじってどんどん痛くする。
(たぶん、卵が、大きいからだ)
ヒィヒィ泣きながら、そんなことを思った。高熱が出る前、僕のお腹は少しだけポッコリしていた。ほんの少しだったけど、モクレンも気づくくらいにはポッコリだった。
僕のお腹を見たモクレンは、特別に作ったっていう少し酸っぱくて少し甘い飲み物を毎日くれるようになった。ネネが出してくれていた白い飲み物に似ていたけど、色は薄い黄色で「母体のための飲み物だよ」と教えてくれた。
それを飲んで、モクレンが作ってくれるご飯をモリモリ食べていたら、お腹がもう少しポッコリになった。そうしたら熱が出てお腹が痛くなって、こうしてウンウン唸っている。
(前より大きいなら、きっと子どもが生まれる卵だ)
本当は大きな卵を産むのは怖い。でも、モクレンがいるから大丈夫。モクレンと僕の卵だから絶対に産むんだ。
「ひ……!」
痛いのがギュルギュル回って、いよいよお尻も痛くなってきた。これはもうすぐ産まれる合図だ。これまでのよりずっとずっと痛いけど、絶対に産んでやるんだと強く思った。
「ひ……! ひ、ひ、ひぃ……!」
お腹とお尻がどんどん痛くなってきて、僕は「ひ」しか言えなくなった。あまりに痛くて目を開けることもできない。
「まそら、まそら」
モクレンの声がする。モクレンの声が聞こえるだけで、痛みが少しだけ小さくなるような気がした。モクレンと一緒だと思うと、もっとがんばれるような気もしてくる。
「まそら」
「だい、じょ、ぶ。ぼく、ぜったい、うむ、から」
「うん、まそらなら大丈夫」
モクレンが僕の右手をギュウッと握った。ゆっくり目を開けると、目の前に大好きなモクレンの顔があった。真っ黒な目はキラキラしていないから、今回は泣かなかったんだ。
モクレン、えらいね。
そう思った瞬間、ものすごい痛みがお腹からお尻に向かってギュルルルルと動いた。あまりにも痛くて「痛い、痛い!」って何度も叫んだ。そのうち叫んでいるのか呻いているのかわからなくなる。息もできなくて、苦しいのと痛いのとで僕の頭はぐしゃぐしゃだった。
「痛、い……っ!」
ギュウッと丸まった体がガチガチに固まった。手も足も丸まって、背中も丸まって、それでも痛くてギュウギュウに体を小さくする。そうして僕自身が卵みたいに小さく丸くなったとき、スポン! と痛いのがどこかへ行ってしまった。
「ぅ、まれた、かも」
僕の声はとんでもなくか細かったけど、モクレンにはちゃんと聞こえたはず。そう思ったらホッとして、そのまま気を失ってしまった。
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「モクレン、タオルはもう交換する? まだしない?」
「念のため交換しておこうか」
「はーい」
大きな入れ物に入った卵をゆっくり持ち上げて、僕とモクレンが寝ているベッドにそっと置く。入れ物の中のタオルを交換したら、また卵をゆっくり持ち上げて中に戻した。三回目の卵は、僕の拳十個分くらいの大きさだった。よくお尻が壊れなかったなぁなんて見るたびに思ってしまう。
「うん、卵の温度もいい感じだ」
モクレンが卵に触って、それから入れ物の端にある小さな板を見た。そこには小さな文字が書いてあるけど僕には何て書いてあるのかわからない。「これは入れ物の中の温度だよ」ってモクレンが教えてくれたけど、どうやって温度がわかるのかさっぱりわからなかった。
「あとどのくらいで生まれそう?」
「ハルピュイアの卵だとそろそろだと思うんだけど、まそらはハルピュイアじゃないからね」
「そっかぁ」
卵が入っている入れ物は、モクレンが作った“ホオンキ”っていう道具だ。
ハルピュイアのお姉さんたちは自分の羽で温められるけど、僕には温められるだけの羽がない。どうやって温めようか考えていたら、モクレンがこの入れ物を持ってきてくれた。中にタオルを敷いて卵を入れたら羽で温めるみたいにできるんだよって聞いたときは、びっくりした。
こんなすごいものを僕が気づかない間に作っていたなんて、やっぱりモクレンはすごい。僕がそう言ったら「アルに設計図を読み込ませて作っただけなんだけどね」と笑った。
アルが作ったんだとしても、モクレンがいなかったら作れなかった道具だ。僕一人じゃ卵を温めることもできなかった。全部わかっていて準備していたモクレンは、やっぱりすごいと思った。
「でも、もうそろそろじゃないかな」
「わかるの?」
「卵の状態を赤外線で確認した感じだと、そろそろだと思うよ」
うーん、やっぱり難しい話はよくわからない。でも、そろそろ生まれるなら楽しみだ。
「早く生まれてこないかなぁ」
卵を優しく撫でながら「早く生まれておいでー」と話しかける。僕とモクレンのどっちの姿に似るかわからないけど、どっちに似てもいいかなって思っている。少し前までは僕に似たら困るなぁって思っていたけど、最近はそう思わなくなった。
だって、モクレンが「まそらに似てたら絶対にかわいいよね」ってニコニコしながら何度も言うんだ。モクレンがそう思っているなら、僕に似ていてもいいかなと思う。僕はモクレンに似たほうがいいと思うんだけど、生まれてからのお楽しみだ。
「そうだ、服も用意しないと」
「それは生まれてからでも間に合うよ。それに、羽があったら専用の服が必要でしょ?」
「そっか」
僕みたいに小さい羽なら普通の服でも平気だけど、ちゃんとした羽持ちだったら羽を出す穴が必要だ。とくに小さいときは自分でうまくパタパタできないし、誰かに羽繕いしてもらわないといけない。角持ちだったら、僕が着ているような前ボタンの服にすればいい。
「楽しみだね」
「まそらに似てるといいね」
ニコニコしたモクレンに、僕もニコニコ笑い返した。
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