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第18話 それからの僕たち・終

 いつものように、お気に入りの小高い丘を目指してゆっくり歩く。僕は肩掛けの大きな水筒を下げて、隣を歩くモクレンはお菓子と地面に敷く布、それから子どもたちの着替えが入った大きなカゴを持っている。  僕たちの少し前を同じようにゆっくり歩いているのは、小さな子どもを抱っこした子どもだ。 「ルキってば、本当に大きくなるのが早いね」 「ミカエルもきっと早いんじゃないかな」  モクレンの言葉に「そっかぁ」と答える。やっぱり神様の種はすごいなぁと思いながら前を歩く二人を見た。  僕は半年くらい前に真っ白な卵を産んだ。ルキのときより少し小さかったけど、やっぱり産むときはとんでもなく痛くてたくさん泣いたし叫んだと思う。僕自身はあまり覚えていなかったけど、目が覚めたときに目を真っ赤にして泣いているルキがいた。僕があまりに泣き叫ぶから、もう起きないんじゃないかって心配になったらしい。  そんなことをポロポロ泣きながら話してくれたルキを、僕はぎゅうっと抱っこした。抱っこしながら、泣いている顔までモクレンにそっくりだなぁなんて思ったら胸がきゅんとした。  真っ白な卵からは、金色の髪に水色の目をした羽持ちの子どもが生まれた。羽持ちなのは、やっぱり僕の影響に違いない。  ミカエルって名付けたその子は、どうやら顔が僕に似ているらしい。僕にはよくわからないけど、モクレンとルキが何度も言うからきっとそうなんだろう。  ちなみに、ミカエルって名前はモクレンとルキが付けた名前だ。モクレンは「あまりにもあからさまじゃないかな」って困った顔をしていたけど、ルキが「ぼくの名前からして、もう遅いよ」って言って決まった。どういうことかわからないけど、僕はミカエルって名前も大好きだし「ミカ」って呼び名も気に入っている。  そんなミカはちょっとだけおしゃべりができるようになって、一人で掴まり立ちもできるようになった。ミカも普通の羽持ちよりずっと成長が早い。  ルキのほうはさらに大きくなった。背丈は僕の肩を抜きそうだし、小さなミカを抱っこして歩くのも平気だ。この前までルキ自身がモクレンに抱っこされていたのに、思っていたよりもずっと早く大きくなっている。 「あ、ミカエルの羽が動いてるよ」  モクレンに言われてミカの背中を見た。服の穴から出ている小さな翼がパタパタしている。 「へえぇ! もう一人でパタパタできるなんて、やっぱり僕よりずっと早いなぁ」 「じゃあ、もう羽繕いは必要ない?」 「たぶんね。でもルキはやるんじゃないかな」 「そうだね。ルキフェルは続けそうだ」  ちゃんとした羽持ちらしいミカは、もう僕のと同じくらいの大きさの羽になった。それに自分でパタパタできるようになったみたいだし、それなら僕やルキが羽繕いしてあげる必要はない。 (だけど、ルキは続けるだろうなぁ)  毎日羽繕いするくらいルキはミカのことが大好きだ。僕よりずっと上手に世話もする。ミカもルキのことが大好きみたいで、最初にしゃべった言葉も「ルキ」だった。 「兄弟って、みんなあんな感じ?」 「まそらは兄弟と一緒に暮らしていなかったんだっけ」 「うん。僕が生まれたときは、もうみんな独り立ちした後だった」  そもそも兄弟が何人いるのか知らないし、どんな姿をしているのかも知らない。お父さんがあれだけたくさんいたってことは、たぶんたくさんいるんだろうなぁって想像するくらいだ。 「うーん、どうだろうね。俺の知ってる兄弟とは違うだろうし」 「そっか」  神様の種で生まれた二人だけど、神様の兄弟とは違うってことだ。 「でも、ずっと仲良しなんじゃないかな」 「わかるの?」 「うーん、なんとなくだけどね。それに、あれはもはや兄弟愛ってレベルじゃない気もするし」 「モクレン?」 「いや、なんでもないよ」  僕は兄弟がどういうものか知らないけど、仲良しなのはいいことだ。それに、一人ぼっちよりは二人のほうが絶対につまらなくない。つまらなくないなら、これから先もずっと楽しいってことでもある。  そんなことを思いながら二人を見ていたら、ルキがクルッと振り返った。 「母さん、大丈夫だよ。ぼくとミカはずっと仲良しだから」 「ほんと?」 「うん」  僕の問いかけに、ルキが力強く頷き返した。 「ぼくたちの元になった物語ではそうじゃなかったみたいだけど、ここはもう別の世界だからね。いくら名前と姿が似ているからって、あの物語のようにはならないよ」 「うん、……うん?」  ルキの言葉に頷きかけたけど、よくわからなくて途中で首を傾げた。そんな僕を見て、ルキが説明するように話し始める。 「この世界の元になっているのは人が生み出した神話や伝説だけど、そんなことはとっくに忘れ去られているし誰の記憶にも残っていない。そもそもぼくたちに実態を与えたのは人自身だ。複雑な遺伝子組み換えやデザイナーズクリーチャーを作り出し、人工知能と電脳世界という知恵と道具を与えた。棲処(ベース)であるこの世界を与えたのも人だ。ぼくたちを自分たちの入れ物にしようと考えてたのかもしれないけど、そうならないこともわかっていたはずだよ。結果的に人は滅びの道を歩むことになったけど、だからってぼくたちまでそうなったりはしない。だから人が創った物語のようにはならないよ」  銀色にキラキラ光る立派な角が眩しくて、ルキの話していることがさっぱり耳に入ってこない。それよりも、角を握って笑っているミカがかわいいなぁなんて、ぼんやり眺めてしまった。 「ルキフェル」 「大丈夫、聞いてるけど母さんには理解できないから」 「それでも不用意なことは言わないほうがいい。俺の生まれた国には“言霊”というものがあるんだ。これでも俺は物書きだったからね、言葉の力は怖いほど理解しているつもりだ」 「わかってる。この世界では、何がきっかけで存在や消滅が起きるのかわかってないんだよね」 「そのとおり。だからルキフェルも気をつけたほうがいい」  また二人が難しい話を始めてしまった。こうなると、しばらく難しい話が続くことを僕は知っている。  聞いていてもわからないから、ルキからミカを受け取ってさっさと丘を目指すことにした。ミカを抱っこするために後ろに追いやった大きな水筒が、歩くたびにお尻に当たってちょっと痛い。 「ミカ、海が見えてきたよー」  海を見たミカがキャッキャと笑って羽をパタパタさせた。ミカはどうやら海が好きみたいだ。僕はクラーケンにグルグルにされてから苦手なままだけど、いつかみんなで舟に乗ってみたいなぁとは思っている。  だって、舟の上で見た夜空は本当に綺麗だったんだ。飛べない僕でも、まるで空を飛んでいるんじゃないかって思うくらいすごかった。あれを、いつかモクレンや子どもたちと一緒に見たい。そんなことを思いながら海を見ていたら、なんだかいろんなことが懐かしくなってきた。 「僕、この海を渡ってきたんだよなぁ」  もう随分昔のような気がする。 「そうだね。まそらが旅に出なかったら俺とも出会ってなかった」  隣を見たら、ルキを抱っこしたモクレンが僕を見ていた。真っ黒な目はいつも優しくて、初めて会ったときから変わっていない。モクレンはいつだって優しくてすごいんだ。 「そっか。じゃあ、僕が旅に出たのは大正解だ」 「うん、大正解だ」 「僕だってやるときはやるんだからね」  そう言って笑ったら、モクレンの腕の中でルキが不思議そうな顔をした。 「ルキ、どうかした?」 「母さんは、どうして旅に出ようと思ったの?」 「僕に種をくれる誰かを探すために、旅に出たんだよ」  そう返事をしたらルキが変な顔をした。眉毛が寄って困っているような顔だ。 「母さんって、昔からかわいかったんだね」  なんだか表情と言っていることがあっていない気がする。そう思ってモクレンを見たら、いつもどおりニコニコ笑っていた。 「ははは、そうだね。まそらはずっとかわいいよ」  あんまり褒められている気はしないけれど、まぁ、いっか。  僕の小さな角を握って「かわい、かわい」と笑っているミカに頬擦りをしながら、種を探す旅に出て本当によかったと思った。

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