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第14話 仕込み役
「ふぅ、だいぶ大人しくなったな」
浴室から部屋に戻り、ベッドの上へ横にした琥珀 の顔を眺め、安心したように樫原 が言った。
琥珀は起き上がる気力も無く、裸のままただ静かにシーツの上で身を屈 めている。
「琥珀、お前組 へ来る以前に、後ろの経験があるだろ」
一瞬肩をビクリとさせ、琥珀の体が固まった。落ち着いた低音の声色に、心臓が揺さぶられる。
樫原は、ベッドの傍にあるソファに腰掛け、タバコに火をつけた。
「お前が集会の後、柚木 さんに嬲られたことは知ってる。ただそれ以前に、使ったことがあるな?いや、使われた……の方が正しいのか?」
確信めいた真っすぐな言葉に、琥珀の瞳は動揺を露 わにする。
「色んな奴を見てきたからな。感触や反応ですぐに分かっちまうんだ。お前は特に分かりやす…」
「おっ、俺は!好きでそんなこと、されたわけじゃないっ!」
樫原の言葉を遮るように、琥珀が叫んだ。
「……ハァ、ハァ」
怒りに震えながら、涙目で樫原を睨みつける。
「おい、興奮するな。別に軽蔑してるわけでも、責めてるわけでもねぇよ。俺はお前の敵じゃない。ただ知っておきたいだけだ。お前の仕込み役として……」
――ガチャッ
「樫原さーん、取ってきました!結局色々と全部持って来ちゃいましたけど、いいっすよね♪」
会話を遮るように部屋のドアが開き、現れたのはミヤビだった。突然の軽い口調に、それまでのシリアスな空気が一変する。
やたらとスタイルの良いその男は、腕に抱かえた大きなスーツケースをゴトンと音を立てながら床の上に広げた。
「えっへへ♪見て琥珀ちゃん!なんか好きなのあるかなー?」
ゴソゴソと何やら漁り始めたミヤビの方へと、琥珀が目をやる。
「……?ヒィッ!!」
途端、満面の笑みを浮かべるミヤビとは裏腹に、琥珀の表情が一瞬で青ざめた。
いわゆる大人の玩具 と呼ばれる品々が、開いたケースから山のように溢れ出している。
しかも見たことのない玩具だけではなく、拘束具や鞭、何やら物騒な医療機器のようなものまで見えている。
一つ一つの具体的な用途は分からないが、明らかに自分が試されるであろう不穏な予感がし、琥珀はベッドから飛び降りた。
「あ、ああ、わああああ!!」
「こら、ミヤビ!ったく、琥珀を驚かすな!お前のSM趣味に巻き込むんじゃねぇよ」
思わず震え上がる琥珀を見て、樫原が舌打ちした。
琥珀はベッドの横で震えて小さくなったまま、頑なに動こうとしない。
「ひどーい樫原さん!可愛い子を独占しようとして!オレだってストレス溜まってるんですー!オレの弟分なんでしょー?可愛がってあげようとしてるんですー!」
「だからってお前の愛情表現はズレすぎなんだよ。早速壊れたらどうする。おい琥珀、すまんが諦めて早く慣れておいた方がいいぞ」
タバコを吸い終えた樫原は立ち上がり、おもむろに琥珀のもとへ迫った。
「……!?あッ!」
樫原が琥珀の細い腕を持ち上げると、身を屈めて小さくなっていた体が軽々と持ち上がった。
「んっ!」
そのまま強引にベッドに押し付けると、後ろ手に腕を掴み、痩躯 をうつ伏せに組み敷いた。
「やっ!やあっ!んぐっ!」
シーツを乱して暴れる琥珀を無視し、樫原が呼びかける。
「お前が落ち着いてから、ゆっくり馴らしてやる予定だったんだがな。ほら、休憩はおしまいだ。ここからはちょっと頑張れよ?おい、ミヤビ!細めのを一本よこしてくれ」
「……!はーい♪」
震える琥珀を他所に、ミヤビは楽しそうに答えた。
「――うう、ああ……」
ベッドの上に拘束された琥珀の尻に、バイブの振動が響く。
樫原に無理矢理押し込まれたそれは、抜けないようにキッチリと固定され、一定のリズムで琥珀の内部を刺激する。
「いいか、そのまま聴けよ。改めて、俺は樫原誠一 だ。歳は今年で38になる。そんで、そこにいるノリの軽い兄ちゃんは四条雅 だ。俺の舎弟の一人で、今日からお前の世話係だ。分かんねえことは何でも教えてもらえ」
「うんうん、宜しくねー♪琥珀ちゃん♪」
すかさずミヤビが口を挟んだ。
「ミヤビ は見た目がチャラついててよく分からねえと思うが、歳は21だからお前のちょい兄貴だ。変態だがまぁなんだ、慣れれば大丈夫だ」
「樫原さんちょっと雑ー!まあいいけどー♪」
スーツケースを物色しながら、ミヤビが明るく答えた。
琥珀は、バイブの刺激で集中できない。
必死に耐えつつなんとか思考を保っていた。
「この組で俺は、もう長いこと柚木さんの命 でこういう役目をやってる。まあ、よくあるコッチの世界の話なんだか、柚木さんは表向きは実業家だが、裏ビジネスもあれこれやってる」
琥珀の横たわるベッドに腰掛け、樫原は続けた。
「その中にいわゆる男色サービスを売ってる店ってのもあってな。客もキャストも男だ。つまりそこで働く商品を送り出すことが、俺の仕事。まあ送り出した後もちょくちょく面倒見てるんだけどよ。お前はその店で働くことになってる」
『ウリモノとして使う――』
確かにお披露目の場でそう宣言された記憶はあるが、琥珀はその本当の意味を、今ようやく理解した。
男の自分が、まさか風俗に堕とされるのか。予想もしていなかった事態に震撼 する。
琥珀の脳裏に、柚木に貫かれたあの屈辱が、鮮明にフラッシュバックした。
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