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第19話 想定外

本谷嗣巳(もとや つぐみ)は、大変困ったことになっていた。 雑居ビル向かいのコンビニの前で居座るようになって3週間。 初めは全くそんなことはなかったのに、何故か数分置きに女性が自分のことをナンパしにやって来るようになってしまったのだ。 女性といっても、大学生くらいの若い子から、いわゆる熟女まで幅広かった。 「ねぇねぇお兄さん♡私たちと遊ぼうよー♡」 「す、すみません。実は今、仕事で張り込んでるので……。その……ダメなんです」 (どうしよう、まただ) 仕事中なんていうのは全くの嘘だが、女性を傷付けずに断りたい。 「や〜ん、忠犬みたぁい♡頑張ってね♡」 (ごめんなさい!!) ……おかしい。 サングラス効果で上手く人との距離をとっていたはずなのに、いつからか厄介なことになってしまった。 (も、もしかしてここはナンパスポットなのか?!ひょっとして、ここに立つ=女の子待ってます的な意味だったりするのだろうか?!) せっかくビルが近くて観察にちょうど良いのだが、この場所はもう避けなければいけないと、本谷は落胆した。 渋々帰路に着こうとした時、何故か突然本谷の腕が強く引っ張られた。 「ッッわ!ええ?!」 「仕事疲れたよネ!一緒に行こ!」 見知らぬ女性が、腕組みをして強引に歩き出す。 「ちょ、ちょっと?!え?……客引き??禁止されてるんじゃ?!えッッ?!?」 未だかつてない展開に本谷は動転し、呆気に取られながら誘拐されてしまった。 ――こんなつもりじゃ……。 本谷は、気付いた時にはいつも自分が舐め回すように見ていた雑居ビルの8階に来ていた。 「ご同伴、ありがとうございまぁす!!凛風(リンファ)ちゃん、入りまぁす!!」 (待って……調べた……知ってる……ここメンズエステだよ……?) 凛風(リンファ)ちゃんは中国人で、可愛いけど押しが強すぎる女の子だった。 けれどマッサージは超本格的で、そこらへんの店より上手かった。 本谷がこれまで風俗店を利用したのは、20代前半に社会経験だと友達に無理矢理連れて行かれた1回だけだ。 しかもその1回も、緊張しすぎてしまい最早記憶に無い。 そもそも女性と接することがあまり得意ではないので、楽しむ余裕などなかった。 「お兄サン、脚の筋肉張ってるネー!あとこのツボ痛いでショー!」 「…ッッ?!ちょ、イデデデデデ!!」 あまりの痛みに、半泣きになる。 「ちなみに眼のツボだヨー」 「あ、当たってる……!」 本谷は思わず苦笑いし、自分の境遇に悲しくなった。 「あ!そ、そうだ……!」 不可抗力ではあるが、せっかくビルの内部に入り込んだのだから、情報収集しておこう! 本谷は本来の目的を思い出した。 「それじゃ、お兄サン、パンツ脱いでネ。後ろ向いたらマッサージするヨー」 「エッ」 その後も凛風(リンファ)ちゃんは、華奢な体に反比例したもの凄い力で本谷を牛耳り、睾丸マッサージに精を出した。 前立腺マッサージに差し掛かったところで何とか食い止めたが、自主的に配っているという自作の名刺を携帯用・保存用・紹介用で3枚もくれた。 もれなく次回の予約を取らされ、わざわざ8階から1階までお見送りしてくれて恥ずかしかった。 「つ、疲れた……。エステってすごいんだな。というか……何の情報も得られなかった」 サングラスを掛け直し、フラつく足取りでビルを出ようとした所で、前からやたらと興奮した見知らぬ男がやって来た。 「い、今の!!凛風(リンファ)ちゃんじゃないの!!俺が何回通い詰めても1回も入れたことないのに!!!」 背の低いぽっちゃりとしたその男が、恨めしそうに本谷を見た。 「可愛かっただろ?!最高だったんだろ?!」 興奮気味に、本谷に詰め寄る。 「……強いて言えば、素晴らしい商魂でした」 本谷はもう疲弊していて、初対面のこの男の距離の近さなどどうでもよくなっていた。 「何言ってるの!店ナンバー1だぞ!お前どんな手を使って……ってああああああ!!」 急に大声を出され、本谷は思わず萎縮した。 「お前か!嬢たちの中で噂のコンビニのイケメンは!!長身・細身・お堅い雰囲気のグラサン野郎!そんで、よく見ると整った甘いマスク!!クッソー!間違いないっ!!」 「……はい?」 本谷は驚いたものの、何かの聞き間違いかと思い自分の耳を疑った。 「僕はお前に言いたいことがあったの!お前がいくら僕にないモノいっぱい持ってたってねぇ!このビルに1番金落としてんのは僕なの!オキニの仲良し嬢だっていっぱいいるの!」 「……ええ?」 話が膨らんでいき、何が何だか分からない。 「それが最近、アイドル並にカッコいい男がずっとコンビニ前に立ってるってみんなそればっかなの!まぁ、ガードが堅いって噂だったし、特に害はないしで放っておいたの!」 「……いやいやいやいや」 確かにそれは間違い無く自分のことだが、別の意味で注目を浴びていたなんて、受け入れ難い事実だった。 「なのについにここで遊ぼうってーの?!ブイブイ言わせてやろうってーの?!?」 「ち、ちがっ!」 「お前なんかこんなとこ来なくたっていくらでも女の子が寄ってくるの!僕の楽園、荒らすなぁぁぁー!!」 急な情報量に、本谷は思考が追いつかず、気の利いた一言が浮かばない。 「わ、私がブイブイ言わせたいのは、可愛い……男の子なんです!!」 (……あ)

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