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第18話 現実
ここ半月で、琥珀 の仕込みは一気に進んでいた。
樫原 は部屋の壁に掛かったカレンダーから視線を外し、そのまま琥珀の方を眺めた。
組の監視下にある琥珀が自由に動き回れるのは、相変わらずこの無機質な部屋の中だけだ。
だが、以前に比べ警戒心が解けたのか、一日中震えていることは無くなった。
痩せ細ったままなのは変わりないが、人並みにご飯も食べられるようになった。
毎日道具と指とで後ろの穴を馴らし、快感を教え込むことから始まり、最低限のプレイは一通り実践した。
客を喜ばせる為のリップやフェラの練習、体の負担が少ない受け身の練習など、段階を経る。
まだ怖がって抵抗することがほとんどだが、元々感度が良いので体が先に服従した。
やむを得ず体を拘束することもあるが、基本的には快楽に素直で、琥珀の反応を見れば欲していると分かる場合が多かった。
ただし、樫原にとって順調といえるのはあくまで体の仕込みの話であって、精神的な面ではその課題の多さに頭を悩ませていた。
「うわぁぁぁ!!ミヤビさん、やめて下さい!それ嫌ですってば!!」
「なんでー?琥珀は痛いのが好きでしょ♪兄貴の命令が聞けないってかー?アッハハ!」
逃げ惑う琥珀を追いかけ回すミヤビの手には、尿道ブジーが握られていた。
こういう2人のやりとりは日常茶飯事で、大抵ミヤビの趣味に琥珀が巻き込まれる形でじゃれ合っていた。
「コラ!!ミヤビは琥珀で遊ぶなっていつも言ってんだろ!特殊プレイばっか試そうとすんじゃねぇよ!今日は内部から依頼が来てる。さっさと来い」
樫原の怒号が飛び、琥珀は慌てて風呂場へ向かった。
最初、あれだけ泣き喚いた前準備も、しぶしぶ我慢できるようになった。
泣いても暴れても無理矢理洗浄するので、さすがに諦めたようだ。
「柚木 さんが迎えに来ることになってる。分かってるな」
「……ッ」
「ほら、行くぞ」
樫原が琥珀の肩を叩いて促した。
けれど、その体は硬直する。
「い、嫌です!!ここにいます!!行きたくない」
琥珀はその場にしゃがみ込んで、泣き出した。
「……樫原さん!……嫌です……お願いします……!……うっ!……ううう」
こうなっては厄介だ。樫原は、頭を抱える。
「ミヤビー!まただー!来てくれー!」
樫原の声が、風呂場から部屋に響いた。
そしてすぐに、何も言わなくても拘束具一式を持ってミヤビが現れ、琥珀は呆気 なく縛り上げられてしまった。
内部の依頼――。
仕込み期間中にこれを受けることは絶対で、何よりも優先しなければならないというルールがある。
内容は依頼者によって異なるものの、主に組員の性処理である。
本番行為は厳重に禁止されているが、命に関わること以外、基本的に何をしても咎 められない。
琥珀の立場は組の構成員の最下層よりもさらに下だ。
組織の中では『犬』と呼ばれ、その扱いは奴隷に等しい。実際にもう何度か、依頼と称して琥珀の体は痛めつけられた。
実は『お披露目』以前から、琥珀は何度か他の組員と接触したことがあった。
そしてその度にボロボロになって帰ってきたことを、樫原は知っていた。
特にまだここへ来たばかりの頃、琥珀の『歓迎祝い』と称して複数人に連れ出された時が最悪だった。
写真展に行くだけらしいと聞いたので楽観していたら、後々気絶するまで嬲られて、数日喋れなくなったこともあった。
だから他の組員との接触は、琥珀の中で相当なトラウマになっている。
「琥珀、ちょっとごめんな」
「ッあ!!」
本番行為が禁止なルールだって、守られているのかも定かでない。
樫原としては、店のデビュー前に必要以上の負担は避けたい。
「……迎えまでの間だけ、我慢しろ」
「やあッ!アッ?!んああッ!!」
せめて痛がらないようにと、樫原は琥珀の後ろを時間をかけてしっかり解した。
「――行ったか」
柚木と付き人が来訪し、拘束したままの琥珀を付き人が車へと運んで行った。
結局最後まで樫原に縋って泣きじゃくったが、柚木が薬で琥珀を眠らせ、無理矢理付き人に引き渡したのだ。
「フフフ……。相変わらず、手がかかるな。とりあえず敬語は使えるようになったようだが、どうよ?いけそうか?」
飄々とした声色で、妖艶な笑みを浮かべた柚木が樫原に尋ねた。
「仕込みの方はなんとか。でもまだ精神面が脆すぎます。虐待の影響なんでしょうが、このまま客の前に出すのは……」
樫原が、言葉に詰まる。
「珍しいな!これまでどんな奴も淡々と仕込んできたお前が!どうした?琥珀が可愛いか?」
嘲笑 するように、柚木が目を光らす。
「肩入れすんじゃねーぞ?あいつは『犬』だ。感情は要らねぇ。今日は俺も借りる。それじゃ」
柚木の言葉に樫原の眉間が一瞬動いたが、すぐに冷めた声で答えた。
「はい」
組員の本番行為は禁じられているが、柚木だけは別である。
いつ何時 琥珀を嬲って犯そうが、誰にも責められることはない。
今までだって何人も送り出してきた。
柚木に言われたように、樫原にとってそれは単なる仕事であり、作業であり、感情は必要なかった。
泣こうが喚こうが、店に出せて金になればそれで良かった。
仕込み役と組の犬。自分と琥珀の関係も、それ以上があってはならない。
「先へ進まなねぇと……」
樫原はカレンダーを眺め、タバコに火をつけた。
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